「遊戯君は、気づいてたんだよね」

放課後、獏良君はいつも勉強している。
教室だったり図書館だったり、家でもずっと参考書を開いているらしい。
皆が就職と進学の道にそれぞれ決め始めている中、
彼の行動は取り立てて目立つこともなかった。
確か第一志望は、そこそこ有名な理工系の大学。
ゲームのプログラミングを学びたいんだ、と誰かに漏らしていて、
御伽君が、万が一受験に失敗したら僕の会社で学びなよ、と半ば真面目に言っていた。

あの国立大学は早いうちから勉強しないと間に合わない、と
獏良君は僕たちの中でもずっと早くから受験勉強に取り組み、少しずつ輪から離れていった。
だから、放課後の教室で、こうして二人きりで話すのは、久々だった。
いや、そもそも二人きりで話すなんて、今までなかったか。
獏良君は相変わらずノートから目を離さず、手も止めず、僕に話しかけてきた。
いつも彼の行動は唐突だが、今日のは一段と、虚をつかれた。

「・・・何を、気付いてるって?」
「実は僕が千年輪の被害者じゃなくって、協力者だったこと」

もう時効だよね?と確認するように獏良君は付け足した。
確かに、エジプトの王であった彼との別離から、大分時間は経っている。
命がけの非日常な生活が日常に戻り、相変わらずゲームは好きだけれど、
僕が向き合うものもカードではなく教科書に代わることが多くなった。

「知ってたの・・・?」
「遊戯君が気付いてるってことを、僕も知ってた」

何でだと思う?
責めるでもなく、淡々と、世間話のように問い返す獏良君。
沈黙すると途切れることのないペンの滑る音が聞こえる。
こちらが告白するまで、彼はもう口を開けることないだろう。

「僕と・・・・・同じだから」
「正解。千年アイテムの人格と絆を作って助け合った遊戯君だからこそ、
 僕たちが同類だったことに気付いたんだよね。
 そして同じであるが故に、僕もそれに気付くことができる」
「・・・・勝手に千年輪を取っていったの、怒ってる?」
「すっごくね」
「ご、ごめん!!」
「いや、本当は全く怒ってないから謝らなくていいよ」

彼のペンを動かす手が止まった。
この会話の中でやっと見ることの出来たその顔は、
相変わらずのんびりとした穏やかなものだった。
夕日で明るいオレンジに染まった髪を揺らせ、彼は悪戯っ子のように目を細めて尋ねた。

「ねぇ、最後のアイツとの決戦で、またTRPGに閉じ込められたの覚えてる?」
「そりゃあ、忘れられないよ」
「あの時の舞台、全部僕が作ったんだけど、どうだった?」
「時間が止まるまで舞台だって気づかなかったぐらい、精巧だったよ」
「良かった!自信作だったんだ」

何週間もアイツと顔を突き合わせて練りに練ったゲーム。
シナリオも、システムも、演出も、全力を注ぎ込んだ最高傑作。


そう熱っぽく語る獏良君は今まで見たことのない生き生きした姿で、
もう一人の僕と一生懸命デッキを構築していたあの頃の僕に瓜二つだった。
千年アイテムの所有者だった僕だけが理解を分かち合えることは多いけれど、
それを含めても、僕は全然彼のことを知らないのだと思い知らされる。




時間はあっという間に過ぎ、暴力的なまでにキラキラと輝く夕日は沈んでいた。


夕日と同じように熱も冷めたのか、獏良君はぴたりと喋るのをやめた。
そろそろ帰らないとね、と帰り支度を始める彼の鞄から、
先週配られた進路希望のプリントがひらりと落ちて、僕はそれを拾い上げた。
ついでにちょっと覗き見てしまうのは、しょうがない。

「・・・・・あれ?」
「あー、見たねぇ」


自分の知らない大学が、一番上の欄に丁寧に綴られていた。


「獏良君、プログラミングやるんじゃなかったの?」
「エジプト考古学もね、いいかなって思ってるの。
 ・・・こっちはもっと難関だからまだ皆には秘密にしておいてね」

穏やかさの中に、ほんのちょっと、疲れが混じった笑顔だった。
そこまで執着するほど、獏良君の中では『彼』の存在が大きいのか。









もし僕が千年パズルを友達に取られてしまったらと想像してみた。
どんな行動を取り、何を思う?
元から想像力は豊かではないので、大して思い浮かばない。

けれど、多分、怒るよりも何よりも


「ねえ、獏良君」
「なぁに?」

「千年輪が取られたとき、悲しかった?」



獏良君は答えてくれなかった。














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