五月になったばかりの早朝、あるマンションの一室で目覚ましが鳴っていた。
だがベッドで寝ている人物は起きる様子が無い。
「うっせーんだよ!!ってか起きろ、宿主!!!」
明らかに目覚ましより大きい声でどこからか現れた青年は布団をひっぺがした。
だが、その青年そっくりの青年は起きる気配が無かった。
「起きろ宿主!学校ってのがあるんだろ!?」
がくがくと肩を揺さぶられ、気だるそうに青年、獏良は目を開けた。
「うるさいよ、バクラ」
しっしっと手を振りながらまた眠りの世界へ旅立とうとしている獏良を
バクラは呆れながらも軽く何度も頬を叩く。
「おまえ今日学校だろ?またサボるのか?」
獏良はよく学校に行かないときが間々ある。意外に生真面目なバクラはこの宿主の
出席日数やらなんやらをちょっと気にしていたりする。
なのに、知ってか知らずか獏良は学校をよくサボるので困ったものだ。
「んー・・めんどい」
まだ覚醒しきっていないらしく今にも寝そうな顔で言う。
「おい、あんま休んでるとヤバいんじゃないか?ほら、制服着ろよ」
壁に掛けられている学ランをぽいっと投げる。
じーっとそれを見ていた獏良は急にひらめいたように眼を見開く。
「そうだ・・・おまえが学校行けばいいんだよ!!」
今日は厄日かもしれない。
眠たがっている獏良に学校へ行かせることを無理強いできないのにはわけがあった。
夜遊び、喧嘩、飲酒、喫煙・・・やましい理由は数えたらきりがない。(流石に女遊びはしていない)
それでもきちんと宿主が学校へ行ける程度には控えているつもりだ。
「やっぱそろそろ控えるかな・・」
ただでさえ身体の弱い宿主は本当に使いづらい。
人を殴れば逆にこっちの拳がぼろぼろになりそうだ。
こんなに弱くなければもう少し自由に使えるのに、と浅くため息をつくと肩を叩かれた。
「獏良―今日は早いんだな!」
「そうそう、いっつも眠そうだし!!」
後ろにいたのは、・・・そう、遊戯たちと一緒にいるいつものやつら。
一人は、城乃内。もう一人は・・・・・・・誰だったか。ほ、ほんだ?
「おはよう。僕だってたまには、ね」
その答えに城乃内は怪訝そうにこちらの顔を見る。
「大丈夫か?なんかいつもと違うけど」
「(す、鋭い)そんなことないよ。それより早く行こ」
それもそうだな、と二人は頷きあう。
「ば、獏良君!」
また後ろから声がかかった。
三人がそちらに眼を向けると眼鏡をかけた小柄な男がこちらを見ている。何度か見たことがある顔だ。
「あれ浜谷だ」
ありがとう本田。バクラは僅かに本田に感謝の念を向ける。流石にただの学校の生徒は把握していない。
「おはよう浜谷君、どうしたの?」
浜谷という男は顔を上げず、だが時々じろじろとこちらを盗み見て・・ぶっちゃけ挙動不振だ。
「じ、実は・・今度、このゲームの紹介をしてる雑誌でコスプレのコンテストがあるんだ」
すごくいやな予感。
「二人一組だから僕だけじゃ駄目で・・獏良君にそっくりのキャラがいるから、その、
一緒に出てくれないかな?」
差し出したその絵を城乃内と本田が取って見る。
「あー、確かに獏良に似てるかも」
そう言って渡された絵は・・・・・女の魔術師だった。しかも妙に露出の高い。
「・・・・・・・・・・・」
俯いてバクラの表情が見えないので二人は笑って言う。
「いいんじゃねーの?獏良なら似合うって!」
「そうそ、ほら、なんか似合いそう!!」
・・・こいつらは、どういう経験に基づいて言っているんだ。
転入した時やったあのTRPGの白魔術師か・・
まさか、王国での「心変わり」や「ハイプリーステス」のアレを覚えていて言っているのか?
バクラの心の中で何かが切れた。
「ふざけんじゃねぇよ、んのボケ!!!!」
薄っぺらい紙を手裏剣のように浜松の額に投げつけ走っていった。
呆気に取られた三人だったが、城乃内と本田は正気を取り戻し追いかけていった。
「ば、ばくら?」
人気もまばらな教室に着いてすぐ二人は獏良に駆け寄った。
「もぅ、僕女装なんて似合わないよ!なのに二人とも悪乗りして!!」
瞬間的にキレてしまったバクラは内心冷や汗を流しながらも獏良のふりをする。
二人はほっとしたように顔を見合わせた。
「いやー、悪い悪い。にしてもびっくりしたぜ?一瞬またあの千年リングに乗っ取られたのかと・・」
乗っ取られるとかの問題じゃなく、本人です。
あははー、と笑っていると遊戯と杏子が来た。
「あ、三人とも早いわね、おはよう」
挨拶を返すと遊戯が話しかけてきた。
「獏良君?なんかいつもと・・・」
「もぅ、何で皆同じこと聞くの?そんなに僕変?」
そう聞き返すと遊戯も困ったように返事をする。
「うーん・・・どこがっていうわけじゃないんだけど・・」
「遊戯君!みんな!!」
御伽が走りながら教室に駆け込んできた。
「どうしたんだよ御伽」
本田が心配そうに聞く。
「か、海馬君が学校に!」
・・別に海馬だってこの学校の生徒だ。学校に来てもおかしくはない・・・・わけでもない。
ここにあいつが来るのは全くと言っていいほど遊戯関連だ。
遊戯たちはちょっと複雑な顔をした。
「また、勝負挑まれるのかな?」
そのためだけに学校に来たりはしない、と言い切れないのが悲しいところだ。
海馬が入ってきた瞬間、空気が少し変わった。
当の海馬は気にする様子も無く自分の席、獏良の隣に行こうとした。
「おはよう海馬君」
遊戯がにこやかに言ったが海馬はふん、と一瞥しただけだった。
そして、何故か、獏良に目を留める。
やっぱ、俺が見られてるー!?
「お、おはよう海馬君」
獏良スマイルで挨拶をしたが逆に顔をしかめられた。
ずいっと顔を近づけられてバクラはもう演技どころではない。
「・・・・・・お前、了ではないな」
瞬間、周りの空気が凍った。
獏良が獏良でないということよりも、海馬が獏良の名前を呼んだから凍ったのだ。
バクラもバクラで、開き直る。
「大当たりー・・・流石じゃん?愛の力は偉大だねー」
シニカルな笑みでバクラは海馬を茶化す。
それに更に気を悪くしたようで海馬の眉間の皺が増えた。
「ふざけるな、了はどこだ?」
低い声で凄むのでざざっと杏子と城乃内が引く。
他はあまりのことについていけないらしい。
「ふん、宿主は家にいるよ。寝てんじゃねぇの?」
そう言うと海馬は自分の机に置いてあったトランクを引っ掴み教室を出て行ってしまった。
どこへ行くかなんて明白だった。
「・・・・えっと、千年リングのバクラくんなの?」
フリーズしていた遊戯が恐る恐る尋ねてきた。
バクラはもうどうでもいいのか素で答えた。
「あー?あー・・そうだ」
今度は杏子が身を乗り出して聞いてきた。
「ねぇ、獏良君と海馬君って・・・どういう関係なの?」
ちょっと眼が輝いている。女子は本当にこの手の話題が好きらしい。
「俺と宿主をすぐに識別できるぐらいには仲いいんじゃねぇの?」
海馬のあの名前呼びはわざとだろう。獏良と海馬の関係を疑うように・・。
めんどくせーことしやがって!
今頃車でほくそえんでいる海馬の顔は想像するまでもない。
「バクラ!おまえはここで何やってるんだ!!」
あー王様が出てきた。・・もう面倒、帰りてぇ。
「あーもう煩い。王様もいちいちでてくんじゃねぇよ。俺だって帰れるもんなら帰りてぇし」
机に伏してすっかり寝る気のバクラ。
あまりのバクラのやる気の無さに逆に驚いているファラオ。
海馬たちの関係を問いただす杏子。
あまりの展開に付いていけない城乃内・本田・御伽。
ただでさえ短いバクラの堪忍袋が切れそうになったとき、いきなり不釣合いな歌が鳴り響いた。
黒か白か〜わからない〜まま〜、こんな愛は時代遅れなのか〜♪
「あ、私だ。ちょっとごめん」
(((((明日もし君が壊れ○も!!しかも微妙なところから・・))))))
というかよくそんな古い曲の着うたがあったなぁ。
遊戯たちが妙に感心している中、杏子は五人の微妙な顔を気にするでもなく通話ボタンを押した。
「誰?」
『杏子ちゃん?』
「ば、獏良君!?」
周囲の男どもはばっと杏子を見た。
なにせ、先ほどのごたごたは元を正せば獏良にも原因があるからだ。
『いや、そっちに僕がいるでしょ?一応先に事情を話しとこうかなぁって』
いささか気まずそうな声だ。やはりリングを学校に行かせたのを後悔しているようだ。
「あーうん、それは大丈夫だと思う。何気にちゃんとここにいるし」
『そう?それは良かった』
話はまとまりかけているのに杏子は釈然としない気持ちになった。
何かを忘れている・・・・あ。
「獏良君!?すごい調子が悪くないんだったら今すぐそこを離れて!!!」
あまりに早口にまくし立てられたので獏良も焦った。
『え?なん「了!!!身体は大丈夫か!!?」
遅かった。
『う、え!?何で海馬君がいるの??』
獏良の動揺している様子が声からでもよくわかる。
『了が寝ていると聞いて一応様子見にな。平気か?』
『うん、大丈夫だからさ!アリガトウ。海馬君も会社があるでしょ、早く行きなよ!!!』
『ふ・・・俺に心配をかけないようにそんなことを。安心しろ!!今日は慈善事業で寄付した孤児院の見回りだ。
モクバも開校記念で休みだから三人で行くぞ!!!』
『うわ、ちょっと、わー!!!!!』
ブツッ
「・・・・・・・・・」
皆バクラの方をじっと見たが本人は冷や汗を流しながらそっぽを向いている。
だが一瞬バクラが顔を歪め、ぼそっと呟いた。
「ちっ、あの野郎俺の千年リングを押入れに投げやがった・・・・」
やはり一応はリングと感覚が繋がっているらしい。
あの野郎、が誰かは想像に容易かった。
折角登場したのにほとんど喋っていなかったファラオが口を開いた。
「バクラ、お前このまま授業を受けるのか?」
「んなわけねぇだろ。最初だけで、もう帰るぜ」
確かにバクラの持ってきた鞄は何も入っていなかった。
担任が出欠を取ったら本当に帰るのだろう。
「もうすぐ担任来るぜ、俺戻るわ」
本田と御伽が疲れた顔で席に戻っていった。
それにつられて他も各々の席に戻っていく。
言ったとおり、一時限が始まる前にバクラは席を立った。
誰にも何も言わずすたすた行ってしまったが、妙に背中が小さく、同情を禁じえなかった。
遊戯は哀れみの眼差しを向けて、周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で言った。
「バクラって、意外に苦労人かもね」
海馬と獏良の二人が、世間一般でいう「恋人同士」なのであるならば、
一番被害を被っているのは間違いなくバクラだろう。
ましてやあの二人である。先ほどの会話もバクラはさほど驚いていないことから
日常茶飯事なのかもしれない。
「俺は同情なんて・・・・・しちまうな」
城乃内が力なくそう言った。
明日から獏良とどう接すればいいのだろう。
いや、そもそも明日までに獏良は帰ってこれるのだろうか??
そんな疑問を胸に秘めつつ五人は力なくため息を吐いた。