「宿主ィ」
美術館の、とある一室。
大規模なジオラマ作りに没頭する僕に、暢気な声で話しかけられた。
あいつは基本的に邪魔はしないから、きっと何か用事があるんだろう。
「何?」
「もうすぐ警備員が来るから、電気消したほうがいいぜ」
「ああ、そうだね。よろしく」
バクラが軽く舌打ち。
それでも、頼んだとおりに照明のスイッチを切ってくれた。
僕は手元のハンドライトをつける。
この程度の灯りなら、外からバレはしない。
「進み具合はどうだ?」
「うーん。町並みはそこそこ。
ダンジョンはお前が煮詰めたいって言ってたからまだ手はつけてない」
リストと、作ったフィギュアの写真を渡す。
建物は何となく味気なさが残るが、砂を入れればかなりリアリティが出るだろう。
「砂、入れないのか?」
「仕上げにね。今入れたら、作業の邪魔になるし」
カツン、カツンと警備員の足音が聞こえた。
自然とお互い黙り込み、じっと扉を見つめる。
鍵もかかっているのでこの部屋に入ってくることは無いだろうが。
しばらくすると、完全に足音が途絶える。
「これであと二時間は大丈夫。最悪、バレても許可証あるし」
「ふーん。宿主の親父って凄いんだな」
こんな広い部屋を半年間も丸々貸し出すとは。
「まぁね。僕もびっくりした」
舞台が古代エジプトだから、というのもあるだろう。
時折、作成中のこのジオラマに興味を示しているから、
使い終わったら展示に回されるかもしれない。
「で、お前の方はどうなの」
「何がだよ」
「復讐。上手くいきそう?」
バクラは笑うこともなく、真面目に考え込んだ。
「………五分五分だな。どーも王様とは相性が悪いんでね」
千年輪を軽く触りながら、バクラは僕の隣に座った。
ソレが、彼の同胞99人の血肉が溶かされていると知ったのは、いつのことだったか。
「バクラ」
表情の曇った彼の頬に、軽い口付け。
これは契約の証。
「僕は最後の決戦まで、君に最大限の協力をするよ」
「……ああ」
「でも、それでどうなっても僕は『知らない』からね」
遊戯君たちが助けに来てくれたら、快く哀れな被害者になるつもりだ。
千年輪を通して僕の考えていることがわかるので、
バクラは呆れたように笑った。
「宿主、マジ強かになったわ」
「誰のせいだよ」
再びフィギュア作りを始めようとすると、ぐいと顔を近づけられた。
髪を弄りながら、バクラが耳元で囁く。
「それにしても、宿主からキスしてくれるなんてねぇ」
「………別に」
「一日中部屋に引きこもって欲求不満?
それならいっちょ、二人で軽い運動でも」
いつの間にか服に手を突っ込んで、僕のわき腹をまさぐってくる。
ぷちりと、僕の何かが切れる音。
「調子に……乗るなぁぁ!!」
思い切り壁に突き飛ばし、手元に置いてあった彫刻刀を投げつけた。
奴の左頬スレスレに突き刺さり、髪が一房切れてしまったが気にしない。
蒼白な顔でこちらを見上げるバクラ。
「もう知らないっ。今日は帰るから!」
「や」
「ああ、間違ってもフィギュアを汚すなよ」
有無を言わせず、言いたいことだけを言い切って、部屋を出る。
どうせ今日は早めに切り上げるつもりだったから、問題は無いだろう。
一人部屋に残されたバクラは、
壁に突き刺さった彫刻刀を引き抜いてため息をついていた。
「………まだ、一年も経ってねぇのに」
己の言葉に一々怯えていたあの頃。
一体、何がどう影響して宿主はこんな成長をしたのだろう。
バクラは、もう一度深く息を吐いた。
070310:修正
050325:作成
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