ガンマ団のロゴの入った飛空船。
その中にある広々としたリビングのソファに大きな金髪の男が座っていた。
長い髪を後ろで束ね、先日遠征に行った地域のニュース番組を見ている・・・膝に小さな子供を乗せて。
「悪ぃな、面白くなかっただろ」
番組が終わりに近づき、男は子供の頭をわしゃわしゃと撫でた。
ニュースなど面白いはずが無い。ましてや日本語しかまだわからないこの子供には。
しかし子供は気にした様子も「いえ」と呟いて無く首を横に振る。
その子供らしくない行動に苦笑しながら男はリモコンを取ってチャンネルを変えた。
しばらく回していると、大きな怪獣のようなキグルミの番組が出てきた。
それに眼を輝かせたのは、部下のGであった。
可愛いものが好きなこの男なら、その反応も当然といえば当然だった。
子供も、Gほどではないが僅かに興味を持ったようだ。
男・・ハーレムはリモコンを置いて、子供と一緒にテレビを眺めた。
その番組は怪獣が子供たちに歌を紹介したり一緒に歌ったり、という内容のごく普通の幼児番組だった。
楽しそうに笑っているテレビの中の子供たちを見ると、どうしても目の前の子どもの反応が気になってしまう。
この子供がこんな場所にいるのは、少なからず自分たちガンマ団が関わっているのだから。
ハーレムは気づかれないようそっと子供の顔を盗み見たが、子供の目は何の感情も無くただテレビ画面を写していた。
こういうのは好きじゃないのか、とため息をつきながらテレビに向き直ると、軽快なメロディと共に歌が流れ始めた。

『ポケットの中にはビスケットが1つ〜♪ポケットを叩くとビスケットが2つ〜』

ぱっと子供の表情が目に見えて変わったので驚いた。
そういえば、この子供は甘いものが大好物だ。
その時ふと良いことを思いつき、パソコンをやっている部下に目をやる。
「おいロッド、ビスケット持って来い」
歌は聞こえていたのだろう。ロッドと呼ばれた男はにやにやと笑いながら棚からクッキーの缶を持ってきた。
ハーレムはその缶を開けて中身を全部机にばらまき、ビスケットを一枚掴みジャケットのポケットに入れた。
子供は何をするのか予想がついたのだろう、興味津々にハーレムを見ている。
「いいか、よーく見てるんだぞ」
そう言ってポケットを思い切り叩いた。
グシャッ
大変嫌な音が聞こえた。
ポケットの中がどうなったかはもうその音だけで察することができる。
子供はその音を聞き、曖昧な笑みをハーレムに向ける。
「あの、ハーレム様。わてを気遣ってそないなことせんといてください」
もう少しお前は夢を持て、と内心でツッコミたくなる。
「待ってください隊長。もしかしたら叩く力が強すぎただけかもしれないっすよ!」
ロッドがそう言ってビスケットを自分のポケットに入れて子供に見るよう促す。
そして先ほどのハーレムより軽くポケットを叩いた。
パキッ
先ほどのハーレムよりは小さい音ではあったが、確実に何かが割れる音がした。
「ごめんねあーちゃん!!お兄ちゃん失敗しちゃったよー!!!」
ロッドは子供に抱きつきながら謝る。
その瞬間ロッドの身体が火に包まれた。
「あっちーーーーーーー!!!!・・・・何すんだよマーカー!ってかいつからいたの」
いつの間にかGの隣に座っているマーカーにロッドは文句をつける。
「お前のほうこそ、私の弟子に何をやっているんだ?」
ゆらりと青龍刀を両手で持ちながら睨みつける。
仕方なしにロッドが子供から手を離すとマーカーは刀をしまった。
「おぅ、マーカー。お前の中国三千年の何とかでこれ増やせねぇか?」
ハーレムがビスケットを一枚マーカーに向けた。
「んなもんありません」
そう言いながらもビスケットを律儀に受け取ってポケットに入れる。
一度子供に目を向けてからポケットを叩く。
・・・・・・・・・何も音はしなかった。
それからポケットに手を突っ込みビスケットを二枚取り出した。
「あー!二枚になってるじゃん!!」
ロッドが叫んだ。他の面々も驚いている。
勿論、子供も。
「お、お師匠はん凄い!!どうやったんどすかー!!?」
顔を紅潮させながらマーカーに詰め寄る。
だがマーカーはふん、と何かを企むような笑みで子供を見下げた。
「これは我が一族に代々伝わる秘伝のものだ。
 そうだな・・・・お前がもっと修行を頑張れば教えてやらんこともないが」
子供は何か言いたそうな顔をしたが、師匠の言葉に大きく落胆した。
しかしすぐに立ち直り、「修行します!」と言って駆け出そうとした。
「待て」
マーカーは子供のところまで行き、そこそこの厚さの紙の束を渡した。
「今日は、普段の修行とは違うことをする。・・この紙を参考にして、先日つれて行った町の様子をここの欄に細かく記入しろ」
鉛筆で書くんだぞ、と付け足して子供が部屋に入るのを見送る。
ロッドはマーカーに恐る恐る尋ねた。
「おいマーカー、今の紙って・・・・・」
「ああ、本部への報告書だ」
「んなもん子供に書かせようとするなよな!?」
あの子供は確かに賢いし文字も、日本語ならば向こうのほうが書くのは得意だろう。
だがそれでも、子供の書く報告書など高が知れている。
「あくまで練習だ、提出などせん。お前が書くのならばそんなことする必要もなくなるんだがな」
いづれは特戦の報告書はあの子供に回すつもりらしい。
自分で書く気など全く無いロッドは両手で降参のポーズを取ってソファにもたれた。
「おい、マーカー。さっきのアレもう一度やってみろよ」
あれ、とはクッキーのことか。
ロッドもそういえば、とハーレムに便乗してマーカーの近くに移動した。
マーカーは少し考えてから口を開いた。
「・・・・報告『やっぱいい』
何を言われるか予想した二人は口をそろえて台詞を遮った。
「あーあ、実はマーカーのポケットだけ本当に不思議なポケットなんじゃないの?」
自分のジャケットのポケットを叩きながらロッドは部屋から出て行った。
あの子供の「修行」を手伝ってやるのだろう。
ハーレムは面白くなさそうにロッドの消えた方向を見やりながらタバコとライターを持ってデッキに向かっていった。
「G」
残って散らばったクッキーを缶に入れているGに、マーカーは口元を吊り上げながら声を掛けた。
「タネは黙っていてくれ。しばらくはこれで遊べそうだ」
そう、Gは見てしまったのだ。
自分の隣に座ったマーカーが、こっそりポケットにビスケットを入れたのを。
「・・・あまりからかってやるな」
特に、あの小さな子供は人を信じやすい。
Gは未だに笑っている彼に三枚のクッキーを手渡した。
マーカーは一瞬眉をひそめたが、何も言わずそれを持って部屋を出て行った。