「そこ、早く整列しろっ!!」


窓からも見える雲ひとつ無い青く澄んだ空。
こんな文句なしの快晴の日に、うざったいぐらいの大声が耳をつんざく。
花白が身体を少し起こして時計を見ればまだ朝の十時。
覚醒しきっていない頭をゆるゆると振り、再び毛布を被る。
「遅れるんじゃない!・・気を抜くな!!!」
毛布にくるまってもその声は頭に響く。
身体は眠る体制に入っているのだが、眼だけぱっちりと冴えてしまった。
「・・・・・・あの馬鹿」
低い声で、安眠を妨害する相手への呪詛を口にする頃には
もう眠気などあるはずがない。
ベッドから起き上がると、部屋の冷気に身体が縮む思いがした。
刻々と冬が近づいている証拠だ。
椅子に掛けていたコートを着込み、ベランダに出る。

手すりにも足場にも、雪が降り積もっている。
構わず素足で降りると、じんわりと足の裏から冷たさが伝わってくる。
花白は手すりにぎりぎり触れない位置で止まり、下を見渡した。
探している目当ての人物は簡単に見つかるはずだ。
ぐるっと辺りを見下ろすと・・あいつは本当に簡単に見つかった。
何せ隊長というご身分だ。
一人だけ服装が違う。(ついでに、偉そうに命令していればなお確定)
いつもは自分にも再三演習に参加するよう迫ってくるのだが、
昨日『仕事』があったのを知っていたのだろうか。
何も言ってこなかった・・・・気がする。正直あまり覚えていない。
花白はしばらく兵士たちのやり取りを聞いていたが、
どうやら彼らはあの場を離れる気はないようだ。

というか兵士たちと何やら楽しそうに話しているあいつを見て、
何故か急にふつふつと怒りが込み上げてきた。

花白はベランダに降り積もった雪を固く握り球状にする。
足元に置き、さらにまた別の球を作り始めた。・・雪球の用途など一つしかない。
十数個の球を作ったところで、一旦手を休めて下を見下ろす。
幸いなことに、あいつはまだ先ほどと同じ場所に留まっていた。
・・・少し離れているが、救世主の力を持つ自分に不可能は無い。(力の無駄遣い)
「銀朱隊長〜!!」
いきなり聴こえた自分の声に、さっと辺りを見回すあいつ。
その態度が無性にむかついた。
「上だよ、どこ見てんだよ!」
そこまで言うと、やっとあいつはこっちを向いた。
何か言おうと口を開けた顔にバシッといい音がした。
咽るあいつ。
心配して駆け寄ろうとする他の隊士たちを、眼で脅す。
「ちょっと大丈夫〜?」
笑顔を隠すこともせず尋ねてみると、あいつは雪まみれの顔を
強く袖でこすりながら睨みつけてきた。
「花白!!おまえ何しやがる!!!」
「僕の」
バシッ
「安眠」
ベシッ
「妨害」
ボスッ
「する」
ガスッ
「から」
グシャッ
「だよ!」
バスンッ

流石救世主さま。あれほど離れていながらも百発百中でした。
後に、この場にいた兵士はそう語る。

花白の集中攻撃をくらい、バランスを崩し倒れた銀朱。
ぴくりとも動かない。
「・・・・た、隊長?」
思わず隊士の一人が声を掛ける。
その直後、彼は花白の雪球の犠牲になった。
「・・・・・・・・」
誰も喋らず、動くこともしない。
少しでも銀朱に何かしようとすれば容赦なく高速の雪の塊が襲ってくるからだ。
場に妙な雰囲気が流れる。
だが、それはすぐに打ち破られた。
むくりと起き上がる銀朱。
そして彼は叫んだ。
「花白!!もう勘弁ならん、そこで首洗って待ってろっ!!!!」
「あははっ、首だけ洗うなんて面倒なことするわけないじゃん」
ダッシュで消えた隊長。
残された、否、遺された隊士たち。
「おしっ、今日の演習は解散だ!お疲れさん」
一人の、古株の隊士が手を叩きながら皆をまとめる。
お疲れー・・とわらわらと帰っていく隊士たち。
「ちょ、え。あの、勝手に帰っちゃっていいんですか!?」
ある隊士が慌てて手を叩いていた隊士を引き止める。
「・・・もしかして、おまえ新米?」
「は、はい。今月から配属されました」
じゃあ知ってるはずないよな、と苦笑する隊士たち。
「いいか、救世主様と隊長がああいう掛け合い始めたら、
 その日の演習なんて無くなると思え」
「ああいう掛け合いって・・・?」
「そこは経験でわかってくるから」
ぽんぽんと肩を叩きながら去っていく隊士。
一人残された新米隊士も、誰もいなくなったので結局帰ることにした。

実際この場に隊長が戻ってくることは、無かった。