久しぶりに御剣と狩魔冥が日本に帰国してきた。
というより、僕たちのためにわざわざ来てくれたのだけれど。
葉桜院事件が解決して、狩魔冥はさっさとアメリカに戻ったが、
御剣はしばらく留まることにしたらしい。
真宵ちゃんが事務所で夕飯を食べようと提案したので、
狙ったように良いタイミングで押しかけた矢張を含め四人でキムチ鍋。
気心知れた友人たちとの食事で、酒も随分と進んだ。
「じゃ、終電あるしそろそろ帰るわ」
最初に抜けたのは矢張だった。
酔いもいい感じに回って、半ば千鳥足で帰っていった。
(タダ飯を遠慮なく食べるのが目的だったに違いない)
「………私もそろそろ寝るねー」
次に抜けたのは真宵ちゃん。
お酒は飲んでいなかったけど、日付が変わるまで夜更かしはしないので就寝。
それなら自分たちも帰ろうという流れになったのだけれど、
わざわざ毛布まで用意してくれたので、今夜は事務所に泊まることにした。
なのでまた酒を飲み始める。
最近の日本の刑事裁判の話。御剣の海外研修の話。
二人きりになると自然と仕事の話になってしまうが、
お互い仕事が日常にまで侵食しているので苦にはならない。
途中、肴がなくなったのでコンビニに買いに行く。
20分程で戻ってくると、御剣は応接ソファに腰掛けて本を読んでいた。
何を読んでいるのかと正面から覗き込む。
繊細で美しい水彩の表紙。絵本だ。
真宵ちゃんが買ったのだろう。
タイトルは丸くて大きな平仮名なので、楽に読み取れた。
『まほうのびん』
今この瞬間を無かったことにして立ち去りたい衝動に駆られる。
しかし、くるりと背を向けようとしたところで御剣が声をかけてきた。
絵本から目は離さない。
「成歩堂」
「は、はい?」
「確か、この本の作者は例の被害者だったな」
ゆっくりとページを捲る御剣は、
たとえ読んでいるものが子供向けの絵本であっても、優雅だった。
けれど、それ以上に、彼の一挙一動が、怖い。
一気にほろ酔い気分が醒めた。
「えーっと、そうだっけ?」
「天流斎エリス。流石にここまで最近のことを忘れるわけがない」
「ああ、うん。そうですね」
そっと視線を外し、買ってきたチー鱈を開封する。
前屈みになると、冷や汗が首から背中につっと流れた。
「本名は、綾里舞子だったか?」
「……………………い、やぁ、どうだったかな」
「君が証明したではないか」
弁護席でいつも向けられる鋭い視線に、ぶわっと冷や汗が更に勢いを増して流れ出る。
そうだ、自分が少しでも法廷に立った事件を、この男が放置するわけがなかった。
「あ、あのさ、御剣。飲み直さないか?うん、飲みなおそう!」
彼の言葉を封殺し、一気に捲くし立てる。
真宵ちゃんや春美ちゃんには柔らかい態度を取るので忘れがちだが、
今でも、『霊媒』や『綾里』の名前に良い感情は持っていないだろう。
(ましてや『綾里』と『舞子』が結びついたら憎悪にすら変わりそうで恐ろしい)
隣室には真宵ちゃんもいることだし、
さっさと絵本から引き離して、酔い潰させよう。今すぐ、即刻!
異常にゆっくりとした動作でもりつけたつまみと、
冷蔵庫に残っていた酒をテーブルに出す。
御剣の左手に持っていた絵本を片付け、代わりに安いガラスのコップを持たせた。
いきなり持っていたものを奪われたので、非難がましい顔をされたが、
こちらもそれなりに必死なので気にならない。
彼はしばらく掴まされたコップに目を落とす。
ぼそぼそと、口が動いた。
「…………た」
「ん?」
「………………………なかなか、面白かった」
間抜けな顔でじっと友人の顔を凝視していると、
彼は気まずそうに口を噤んでしまった。
「……そっか」
「うむ」
口元に、自然と笑みが浮かぶのが自分でもよくわかった。
「何を笑っている」
「別にー?」
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