061122:書き直しました
「オカリナ。コレの面倒はお前に任せる」
ぽんっと。まるで物だの人形だのを扱うように渡された赤子。
羽が生えている者同士だが、こちらは魔族。あちらは天使。
無邪気に笑う赤子は可愛くないわけではないが、
「無理です」
無理なものは無理だ。
次の瞬間には、冥法王の手が己の頭を鷲掴みにしていた。
この至近距離で魔法をぶっ放されれば、特別頑丈でもないこの体は粉微塵。
「ちょっ、待ってください!私、赤子の世話なんてやったことないんですよ!? 」
「気合でやれ」
無理を言うな無理を。
知謀策略姦計陰謀何でもござれの冥法王が、気合で片付けるな。
そう言いたくても言えないのが、絶対的縦社会の悲しいところだ。
闇魔法の餌食にならぬよう、赤子のサイザーを小脇に抱え、
形ばかりの一礼ですぐさま出て行った。
予め必要なものは用意させてあると言われた部屋に駆け込む。
ドアを開けて、目に入ったのはピンクやオレンジで彩られた玩具の山。
・・・・・・・・・・・おそらく、サイザー様のために用意されたのだろうが、
まさか全部村々から強奪してきたのか?魔族が?赤子の玩具を?
喉から出そうな叫びと、弧状につり上がる口元を必死で押さえ込み、
自分の想像力をこれ以上働かせないようにと何度も頭を振った。
よし、落ち着けオカリナ!
今私がやることは、くだらない想像で腹筋を傷めることじゃないだろう!!
ともかく、まずはきちんとした服を着せよう。
最初の目標を設定し、目に優しいパステルカラーのベビー用品から服らしきものを見繕い、
何着か選んでからサイザー様に合せることにした。
「サイザー様ぁ。お召し物を変えましょうねー・・・・・・サイザー様?」
そういえば、部屋は妙に静かだった。
翼を使ってそう狭くもない部屋を旋回するが、どこかに隠れている様子はない。
「・・・・逃げられた」
北の魔城で、赤子が一人っきり。
万が一どころか、十中八九、襲われる。
もしサイザー様に何かがあったら・・・恐ろしい想像にさぁっと顔から血の気が引いていった。
城は広いけれど、そもそも赤子の行動範囲なぞ限られている。
(羽があって飛べるのは厄介だが)
出入り口も一つしかなかったこともあり、案外あっさりとサイザー様は見つかった。
しゃっくりのように、泣き出す一歩手前の声が広間に響いている。
ここからでは見えないが、ベース様のお気に入りの椅子に座っているようだ。
彼女の声以外聞こえないから、幸運なことにベース様本人はいらっしゃらないらしい。
本来この部屋は、自分のような格の魔族は入ってはならない部屋なので、
人目を憚りこっそりと入り込む。
「サイザー様。さぁ、早く戻りましょっ・・・・・」
出そうとした言葉が喉に詰まった。
椅子に座るサイザー様は相変わらず不機嫌だったが、
それをあやすこともできず、ただ硬直していた。
「べ、ベース様・・・・・いらっしゃったんですか?」
サイザー様は、あろうことか、ベース様の膝の上で泣いていた。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・ベース様?」
反応が無い。まるで人形のように、瞬き一つせず座っている。
そういえば、ベース様の首はこの部屋にはいない。
こちらの若い男は、つい最近の大遠征あたりから姿を見かけるようになった気がする。
全く意思がないのか、どんなにサイザー様が暴れても動く様子はない。
首が戻ってくればお咎め物なので、急いで抱き上げると、いきなり彼女は泣き出し始めた。
ひとまず部屋を脱出しようとしても、羽と手足をばたばた動かして抵抗する。泣き声も大きくなる。
一体何なんだ!もしかして、私が魔族だから抵抗しているのか・・・?
「お腹が減っているんじゃないかな」
第三者のアドバイス。
確かにオムツは汚れている様子はないし、
連れてこられてから他の魔族たちが甲斐甲斐しく世話をしていたようには思えない。
なるほど、それなら食事を用意しないといけない。
貴重な助言に感謝すると謝辞を述べようとして、ふと周囲を見渡す。
誰が、言った?
「その子の泣き声で起こされちゃったよー」
ベース様・・・じゃないもう一人のベース様は
本当に寝起きのように、腕や首を軽く伸ばして椅子から立つ。
膝に置いていたサイザー様は優しく抱かれて、私に手渡された。
ふと気づけば、大分彼女のご機嫌は直っていた。
「それで、乳児用の食べ物はここにあるの?」
「あ、ると思います・・・・」
「じゃあ行こうか。しばらくはアイツも帰ってこないけど、
あんまり趣味のいい部屋じゃないし」
ベース様がよく使役する水晶を数回足蹴にして、青年は爽やかに微笑んだ。
先ほどの子ども用品が積まれた部屋に戻ると、
自分と同じことを考えたのか青年は口元を押さえて俯いた。
気のせいか小刻みに肩が震えている。
気持ちはよくわかるので見ない振りをして、赤子でも食べられるものを探すことにした。
粉ミルクぐらいなら、あるはずだ。
荒れた呼吸を何とか整えて、山の反対側で同じように食料を捜索し始めた青年。
ベース様の格好をしているのがとてつもなく気まずさを醸し出すが、
本人は全く気にする様子はない。少しは気にしてほしい。
「・・・・・先程ベース様ではないと仰っていましたが、
それならあなたは何者なんですか?」
「名前はリュート。君は?」
「私はオカリナで、あちらはサイザー様です」
「そっか。オカリナ。僕がどういう人か気になってる?」
「いや、そりゃあ、まあ」
「ここに連れてこられる過程で魔族に両腕折られたり喉笛と両目斬られたり魂抜かれたりで、
更には衆人観衆の中で全身串刺しにされて殺されたんだけど、もうちょっと詳しく聞きたい?」
「・・・・・・・・・・・・・すみません。もういいですリュート様」
随分と手酷い拷問を受けたらしい。
いや、ベース様が生首になっているのだから、もしかして戦ったのだろうか。
・・・・・虫も殺せないような顔をして、見かけによらないものだ。
「そんな目にあったら、魔族恨んでるんじゃないですか?何で助けてくれるんで す」
「そりゃあ、ねぇ」
やっと見つけた粉ミルクの瓶を弄びつつ、リュートさんは無表情で答えた。
「泣いている子は、死んでも放っておけないよ」
あの奇妙な出会いから数ヶ月。
サイザー様は大分私に懐いてくださり、私自身も何とか彼女とやっていけそうな絆を掴んだ。
しかし、リュートと名乗った青年はあのとき以来見かけることはなくなった。
あの穏やかな瞳は最初から無かったかのように、凍てついた人形のソレに戻っていた。
幻・・・・夢だったのかもしれない。
よくよく考えてみれば奇妙な話だ。
若い方のベース様が魔族に殺された青年で、
しかもサイザー様の子育てアドバイスをしていったなんて、荒唐無稽にも程がある。
「やぁ、オカリナ!サイザーは元気かい?」
「・・・・・うわぁ」
「何だよ、その空気読めてないよコイツ・・・って感じの声っ!?」
「夢幻か、もしくは成仏したのかなって思ってたところなんです」
「残念。僕の魂は僅かだけどちゃーんとこの体に残ってるから」
左目を指して自慢げに笑うリュートさん。
魂のほとんどをベース様に奪われてしまったと、あの時聞いた。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「この可愛らしいお洋服は、どうしたんですか?」
「うん、やっぱり可愛いよね!勿論、サイザーのための服だよ。
ベースで会ったときはかなり質素な格好してたし、オシャレしなきゃ!」
「・・・そのぅ・・・・魔城でこんな格好は・・・ちょっと」
オシャレの必要性を訴えるリュートさんだが、
手に持っている服は、あまりにも、殺伐とした魔族だらけの城には似合わないものだった。
「・・・・・オカリナ!!」
「は、はい!?」
「サイザーは女の子なんだよ?こんな魔城にいれば絶対辛い目に合うんだから、
せめて今ぐらいは、子どもらしい格好をさせてうんと可愛がるべきでしょう!!」
言っていることは至極尤もだったが、
愛らしい産着が入っているであろう大袋を嬉々として抱える
リュートさんに言われると、納得しづらいものがある。
魔城に不似合いな白のレースが付いた産着を持って、
サイザー様と追いかけっこ遊びを始める光景が目に入った。
あまりの騒がしさに自然とため息が漏れる。
いっそのこと、夢や幻でよかったのに。
050923:作成
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