「オカリナ・・」

急遽呼び出され、しょうがなく机の上に座っていると冥法王ベースがやって来た。

・・・赤子を抱えて。

「サイザーだ、これからはお前が面倒を見ろ」

「無理です」

きっぱりと断るとベース(の首)はぎろりと睨んできた。

ここで魔法を放たれては大変なので慌てて弁解する。

「私子供の育て方なんて知りませんよ!?」

・・というか、この子を育てる適任者なぞいるのだろうか?

あの面子が子供の世話・・、笑えない、むしろ恐怖だ。

ベースも似たようなことを考えているらしい、眉間に皺ができている。

「気合でやれ」

一応頭脳派の冥法王が気合なんてもんで片付けんなよ。

内心毒づくオカリナであったが、それを顔に出さないようにサイザーを抱えそそくさと広間を出た。



子育てに必要なものは渡されたのだが、如何せん使い方がいまいちよくわからない。

これは哺乳瓶、あちらは・・玩具の類なんだろうか?

道具は山のように積み重ねられていて、自分で選べと暗に強要しているようだ。

淡いピンクやオレンジといった可愛らしいものが多いが、一体誰が用意したのだろうか。

まさか下っ端の魔族を使ってやらせたとか・・・、ベビー用品を略奪する彼らはさぞ面白かっただろう。

オカリナは下らないことを考えつつ適当に近くにあったおしゃぶりを取る。

「これをしていれば大人しくするんだったっけ・・・?」

呟きながらサイザーの元へ行くと、毛布だけが床に落ちていた。

さっと顔から血の気が引いていった。

まさか、羽を使ってどこかへ飛んで行ったのではあるまいか。

オカリナは急いで部屋を出た。

が、サイザーは思いのほか早く見つかった。

ベースが愛用している広間の椅子の上でぐずっているようだ。

背もたれが前にあって姿は見えないが、声のする位置は間違いなくあそこだ。

泣き出す前に何とか機嫌を取ろうと先ほど手にしていたおしゃぶりを持って近づくと、恐怖で身が固まった。

ベースが座っていたのだ。

正確には、首を持っている若いベースの上に、サイザーは座っているのだ。

ベースの本体は首の方だとはわかっているのだが、若い男は何なのかさっぱりわからない。

喋ることもなくただいるだけ。ごく最近まではこの男はいなかった。

大きな遠征をしたと聞いたし、おそらくその時につれて来たのだろうが。

意思があるのかないのかわからないのでとりあえず静かにサイザーをどかす。

オカリナの顔をじっと見たサイザーは数秒後いきなり泣き出した。

面食らいながらも、とりあえずおしゃぶりをくわえさせるが嫌がっている。何が問題なのだろうか?

もしや、魔族に連れ去られたことがわかっていて泣いているのか!?

「お腹が減っているんだよ」

と、誰かが言った。

この空間には自分とサイザー・・そしてあとは一人しかいない。

「べ、ベース様!?先ほどはサイザー様が失礼しました!!私の監督が行き届いていないせいで」

慌てて謝るオカリナに眼を見開いて驚くベース。口元に手を当ててくすくすと笑い始める。

「別にかまわないさ。僕はベースじゃないし。・・それよりここにはミルクとかあるの?」

あまりに、普段のベースとかけ離れていて困惑しているオカリナに彼は丁寧に問う。

先ほどからサイザーは泣き喚いている。

「あ、もしかしたらあの部屋にあるかも・・」

独り言のように小さく呟いて、ベース(じゃないらしいが)に一礼して戻ろうとすると彼はついてきた。

「君一人じゃわからないだろ?」

・・・全くその通りなので返す言葉はなかった。



二人は部屋の真ん中にある大きな山から粉ミルクの缶を探すことにした。

オカリナは一つ一つを(おそらく使えるものと使えないものに)分類している青年に思い切って話しかけた。

「あの、私はオカリナと申します。あなたはベース様じゃないと仰いましたが・・誰なんですか?」

青年はぴたっと動きを止めてオカリナの顔を真っ直ぐ見返した。

海の色のように深い青の眼は何の感情も写していなかった。

「僕はリュート。人間だよ。この前、ベースに反魂の法で身体取られちゃったんだ」

事も無げに言い捨てて作業を再開するリュートにオカリナは呆れる。

人間と魔族は物凄く険悪な関係だ。

ましてベースなら、圧倒的な暴力で彼を押さえつけたはずだ。

それをここまで何の感慨もなく客観的に語るこの男は、人として大丈夫なのだろうか?

そんなオカリナの心中を察することが出来るはずもなく、リュートは手を止めてため息をつく。

「全く・・こんなに玩具があっても食べ物が無きゃ餓死しちゃうよ」

サイザーは泣くことはやめたものの、機嫌が悪いらしくむっとした顔をしている。

リュートは選り分けた山からクッキーの箱を出し、中身を湯で蒸してオカリナに渡した。

「しょうがないから、これをあげればいいよ。赤ん坊は歯が無いから堅かったり、

 大人が食べたりするようなものはあんまり食べさせちゃいけないよ」

サイザーに一口ずつ冷まして食べさせてやると、笑顔になった。

こんな簡素なものでも笑ってくれるものなのだと、少し感心した。

・・後でちゃんとしたものを持ってこさせよう。

リュートもオカリナとサイザーの横に座って二人のやり取りを笑顔で見つめる。

「そういえば、どうして動けるんですか・・?」

反魂の法でこうして普通に喋れる者はいない。何せ魂が無いのだから。

「うーん実はね、一割だけあるんだよ、僕の魂。他は全部ベースが持ってるけど」

その分少しだけではあるが時々身体を動かせる、と悪戯っ子のような顔で話す。

もう一口欲しがっているサイザーにふやかしたクッキーを人さじ掬う。

「何で、手伝ってくれたんですか?」

魔族なのに。

リュートは無邪気に微笑んでいるサイザーを見て一瞬悲しそうな顔をしたがそれもすぐに消えた。

「僕にも妹がいるんだ。なんとなく、ダブらせているのかな・・」

気を使わせないように気丈に話しているようだが、目の憂いだけは隠しきれていなかった。

その様子があまりにも痛々しかったので、ついオカリナは励ましてしまった。

「いつか、会えますよ」

リュートは少し驚いたように僅かに眼を見開いた。

「まさか、魔族の人に励まされるとは思ってもみなかった!・・・ありがと」

でもね。

「僕の手は多くの命を奪ってきた。もう、妹を抱き上げることも出来ないぐらい血で汚れている。

 ・・・・・願わくば、この子が僕と同じことで悩まなければいいのだけれど」

最後のほうは囁きのようにか細い声だったがオカリナには聞き取れた。

ごまかすように笑ってリュートは立ち上がりサイザーに手を振って部屋を出て行った。



二人きりになっても大して何も変わらなかった。

リュートと名乗る彼の存在など最初からなかったみたいだと、オカリナは思った。

この北の魔城に、あんな綺麗で澄み切った、穢れの無い人はいたのだろうか?

自分があまりにも困惑し、疲れていたために見た幻影ではなかったのだろうか・・。

どちらにしろもう会うこともないと、それ以上考えるのをやめてサイザーに眼を移す。

お腹を満たしうつらうつらと眠そうにしているサイザーを小さなベッドに寝かしつけ、浅くため息をつく。

「とりあえず、ベース様に頼んで食べ物持ってきてもらわないと・・・」

そう、きっと広間に行けばあの首を持った無表情の男がいる。

先ほどまでいたあの男は、幻影だ。

赤ん坊が起きないようそっと足音を立てずに扉を閉めた。



「やぁオカリナ!サイザーは元気かい?」

大分育児にも慣れ、サイザーともなかなか良い関係を築き始めたある日、その男は突然やってきた。

驚いて声も出せないオカリナと、少しばかり覚えているのだろう、警戒もせずきゃっきゃと笑うサイザーに

手を振り・・・・ベースがやってきた。いや、リュートと言うべきか。

「べ、ベース様・・・」

「もう、ベースじゃないって言ってるのに。まぁいいや。それより今日はいい物持ってきたんだよ!」

そう言ってがさごそと紙袋から何かを取り出した。

「服ですか?」

「そう!この前見たときはあれ一着しか無かったでしょ?やっぱ女の子なんだから可愛い産着を着せなくっちゃ!!」

ぽいぽいと出されるものは、確かに可愛らしく、サイザーにもよく似合いそうなものだった。が、

「あの、流石に魔城でこれは・・・」

「何言ってるの!サイザーはねぇ、女の子なんだよ!しかも天使!!魔族に勝手に連れてこられて、

 辛いめにあうだろうに・・・せめて今ぐらいは子供らしい扱いを受けさせてあげるべきだよ」

言っていることは正しいのだが、嬉々として服を出してくる彼の姿を見ると素直に納得できないのは何故だ・・。

一生懸命、星柄の産着を手に力説しているリュートと、彼の勢いにきょとんとしているサイザーを見ながら

オカリナは深く息を吐いた。

・・・・・・・いっそのこと、幻影であってほしかった。