「やあ、オカリナ」
「リュート王子・・・」
小さな一室。
だが、薄暗く不気味な魔城の中で
この部屋は日当たりもよく、簡素だが趣味は悪くない。
赤子のサイザーを育てるのに与えられた部屋だ。
「久しぶりだね」
「そうですね・・・・」

彼と最後に会ったのは、いつの頃だっただろうか。
サイザー様が(頬に)キスをした、と怒りながら自分の前にやって来たのだ。(魔法で)
『オカリナ!!一体どういう教育してきたんだよ!』
『う、え・・??あ、あの、どうなされたんですか?』
『サイザーが、サイザーが僕の顔にキスしてきたの!!
 ああ、そういうことは愛し合っているもの同士でするんだよ、ってどうして教えなかったの!?
 ・・・・・いや、待て。もしかして家族にするような親愛の意味なのかな・・・
 ってことは僕のこと家族って見てくれてるの?!うわー、かなり嬉しいかも・・・・!』
かなり自分の思考にトリップしているが、おそらくその考えは間違っているだろう。
サイザーはリュートの存在を知らないのだから。
『りゅ、リュートさん?大丈夫ですか?』
『あ、ごめんごめん。とりあえず、魔城だけどちゃんと
 性教育とか道徳の勉強も教えるんだよ、って言いたかっただけだから。じゃね!』
そう言って魔法で慌しく消えてくリュートに呆気に取られたりもした。
大体、性教育はともかく道徳って何だ、おい。魔族がそんなこと教えたら、あまりにも滑稽だ。
十何年も同じようなテンションだが、相変わらず慣れられない。

それに比べれば、今日のリュートは随分と静かだ。
「スフォルツェンドから、鍵を盗れたんだね」
「ええ、はい」
スフォルツェンド、と口にしたリュートの顔は僅かに悲しげな表情になった。
オカリナはどうしたのかと尋ねようとしたが、喉元で言葉を飲み込んだ。
彼は人間・・・だったのだ。
スフォルツェンドという国に何か思い入れがあったとしても不思議ではない。
「ってことは、もうすぐサイザーが・・・・」
「天使だから・・ここに連れてこられたようなものですし」
パンドラの箱を開けられるのは、天使の血を受け継ぐ者。
天使の羽さえ無ければ、もしかしたらサイザー様は、お母様と一緒にいられたのかもしれない。
「僕はねぇ、これでも予知は得意なんだよ」
「・・・・・」
「だから断言できる。サイザーは、大魔王を開放することはできない」
「なっ!!?」
いきなり何を言い出すのだこの男は。
そんな恐ろしいこと、予知だろうが何だろうが口に出してはいけない。
「ってわけで、今のうちに大切なものは持ち出した方がいいよ」
「え?」
「だから、逃げる準備。サイザーが箱を開けてからじゃちょっと遅いだろ?」
まさか、そのことを言うためにわざわざ来てくれたのだろうか。
それぐらい、自分たちのことを気にかけていてくれたのだろうか。
オカリナが少し感動していると、リュートは笑いながら手を出す。
「でもこれだけ、僕にくれない?」
リュートの手には写真。
顔を近づけて、まじまじと見る。

小さいサイザーが、真っ白なドレスを着ている写真。
まだ幼く、可愛らしい笑顔を浮かべている。
オカリナは、写真の中のサイザーに思わず微笑んでしまう。それぐらい愛らしい。
だが、オカリナはこんな姿を見たことも、写真に収めたこともない。

「もうどっからつっこんでいいかわかりません!!!」
「あ、オカリナ、何処行くの〜!?」