「ナルト、おまえ・・・笑えないのか?」
何度も何度も教室や商店街で見かける少年。
あまり個人的に話しかけたことは無いけれど、
建物の影でぼーっと空を見上げている彼を見ていると、声を掛けずにはいられなかった。
綺麗な金色の髪に、まるで空をそのまま写したような透き通った青い目。
とっても目立つ容姿なのに、その顔というか雰囲気はとてつもなく陰鬱で
俺は思わず声を掛けてしまった。
教師だからというのもあるが、その姿がどことなく過去の自分に重ねられてしまったから、
というのが専らの理由だった。
「俺が笑ってなくたって問題ない」
子供らしさの欠片も無い。年頃の割に舌足らずな部分も無く、はっきりとした口調。
確かにそう思うのは無理はない。
火影様が同年代の子供と触れ合って欲しい、と言ってアカデミーに入学させたが
彼の周囲は年頃もずっと上の子供たちばかりだ。
明らかに浮いてしまうし、子供たちも親に言われているのか
彼が子供だからかという理由なのかはわからないが、避けている。
「・・・でも、やっぱ笑ってたほうがいいぞ」
「何で」
必要最低限の言葉。
彼が喋っているところなんて、滅多に見たことが無い。
「んー・・・笑ってると楽しくなれるだろ」
「んな簡単になれるのか」
自分よりずっと年下の子供なのに、随分と卑屈な台詞だ。
まるで自分が楽しんだことが無いといった感じの言い草で。
ついむきになって言葉を返そうとその子の顔を見たら、出しかけた言葉が引っ込んだ。
本当に、不思議そうな顔だったから。
本当に何に対しても楽しんだことのない、って顔だ。
・・・・・・・考え違いをしていた。
俺が、思っているよりもずっと、この里は少年に対して厳しいものだったらしい。
ナルト。おまえは子供なんだぞ?
もっともっと、泣いたり笑ったり、親が死んでしまった俺でも
それは変わらず周りから得られた気持ちだ。
そんな些細なものも、おまえの周りは与えてやらないのか?
俺は、無性に胸が痛くなって、思わず腕を引っ張った。
少し強く掴んでしまった気がしたが、ナルトは一切声を出さなかった。
そのまま近くの池に連れて行く。
建物の配置の関係で薄暗く、水面には氷が張ってあった。
「・・・・イルカ先生、何?」
「この氷はな、氷面鏡って言うんだ」
自分が彼と同じぐらいの年頃だったころ、
この池のおまじないを誰かに教えてもらって、いつもこっそりと来ていた。
「ヒモカガミ?」
ナルトはかくりと首を傾げる。
何故いきなりこんな話をし始めるのかわからないのだろう。
「この氷面鏡に悲しいときでも、嬉しいときでも、毎日一番いい笑顔を写すと・・」
ふと、この言葉を続けていいのだろうかと立ち止まった。
これから先、ずっと九尾の狐の影に重ねられ
痛みの伴う道しか歩めないかもしれないこの子供に、
『笑ってくれ』と、言うのはあまりにも酷な話だ。
・・・・・・・・・自分は何て傲慢なんだろう。
それでも、言わずにはいられなかった。
「・・一番いい笑顔を毎日映すと、最初は作り笑いでも、
だんだん・・・・・・心の底からいい笑顔になれるんだよ」
「ふーん」
ナルトはゆっくりと氷が張った池を覗く。
無感動に、無表情に。
やっぱり駄目だったか、とイルカがこっそりため息をつく。
だがすぐにその気落ちの表情は驚きに変わった。
池に映ったナルトの笑顔。
笑顔というにはあまりにぎこちないが、確かに口角を上げて笑おうとしたのだ。
「・・・・・・こんな感じ?」
くるりと後ろを向いてイルカに尋ねる。
あまり顔の筋肉を使わないせいか、すぐに疲れて元の無表情に戻ってしまったが。
それでも、笑ってくれた。
「まだ、ぎこちないが、きっと上手く笑えるさ。俺みたいに」
にかっと歯が見えるぐらい口を大きく開けて笑うと、ナルトは驚いたようだ。
大げさすぎて怖かったか・・・・イルカはそう思い、再び声を掛けようとしたが、
ナルトはもう用は無いとばかりに背を向けて歩き出していた。
あまり離れた距離にいなかったせいだろう、
ぼそぼそと、小さすぎる呟きが漏れ聞こえた。
「・・そうか、笑顔ってそんな感じなのか」
悲嘆にくれた声ではない。
そこに感情は一切介在せず、ただ事実を言っただけの言葉。
それが余計に彼の辛い生い立ちを体現しているようで。
・・・・・・・・・・ナルトが、後ろを向いていてくれて良かったと思った。
「うわぁお!もう春過ぎなのに氷張ってるぜ!?」
「ああ、ここらへん一日中日陰で寒いから残ってんだってば。
結構厚いから人一人二人乗ったって割れないんだぜ?」
聞きなれた子供たちの声がして、イルカはアカデミーの建物の窓からそっと下を覗く。
ナルト、キバ、チョウジにシカマル、そして珍しいことにシノが集まっていた。
自分が昔教えたのだから、ナルトがあの氷の存在を知っているのはともかく、
・・・・・・・はたしてこんな時期になってもそんな厚い氷だっただろうか?
イルカが首を傾げてことを見守っていると、キバは赤丸を連れて氷に足を踏み出した。
ボチャン。
大きな水音が比較的静かなこの空間に響いた。
赤丸は犬掻きですぐさま淵に上がったが、キバはバランスを崩して、ナルトの袖を掴んだ。
だが当のナルトは予想していなかったのか、ふんばりが効かず一緒に傾く。
バチャン、ボッチャン。
先ほどより大きな水音。
「・・・・・・ナぁルト!!全然厚くねぇじゃねえか!!!」
「あったりめぇだ馬鹿キバ!お前なんで俺まで巻き込むんだよ!!
一人で落ちてこそ面白いのに!!!」
「「うわ、外道」」
チョウジとシカマルが見事にハモる。
その反応にむっとしたナルトは、水をかけようと両手を池に浸した。
「・・そりゃ、かぁくご!!」
パシャ。
「うわ!ナルトー、何すんの」
ピシャン。
「!!・・・・・ナルト」
ビタン。ボト。
「・・・・・ナルト、てめぇ・・・マジ最悪!!!!」
「ぎゃーっははっははははは!!!シカマルすっげおもろい!!!!!」
最後にナルトの被害にあったシカマルは、池に浸かっているナルトに殴りかかってきた。
・・まぁ、シカマルが怒るのは仕方ない。
最初のチョウジ、シノは普通に水をかけられただけだったのだが、
シカマルだけは小ぶりの鯉が投げつけられたのだ。更に顔面クリーンヒット。
そりゃ怒る。普通に怒る。
シノは地上でビチビチともがく鯉を掴んで、
比較的ナルトとシカマルから遠い場所に放してやった。
キバとチョウジはそれを見て、鯉は美味しいかどうかを議論しはじめ、
シノはそれを聞いてフルフルと首を横に振る。
ナルトとシカマルの喧嘩など、彼らにとってはもう日常茶飯事なのだろう。
誰も止めに入らないし、被害を被らない場所でのほほんとしている。
その光景をしばし呆然と見ていたイルカは、はっと気がついて窓を開けて身を乗り出した。
「こら、ナルト、シカマル!!!おまえら何やってんだ!!!!
アカデミー内の池には入るなって言われてるだろう!!」
「「・・・げ」」
「やべ、ずらかるぞっ!」
キバの言葉に、ナルトとシカマルは池から出て、走り出す。
チョウジもシノも同じように。
流石に、逃げなれていることはある。
イルカがそれ以上言う前に、五人の姿はさっと消えていた。
「・・・・・笑顔って、色々あるんだなぁ・・」
イルカは一人、窓にもたれかかって苦笑する。
まさか、あのナルトがこんな風に成長するとは、誰が予想できたのだろう。
あの悪童め・・。
明日学校に来たら、他の四人と一緒に掃除当番をやってもらうとしよう。
氷面鏡の元ネタ『すくらっぷ・ブック』は管理人の初めて読んだ漫画でした。
(はたしてその漫画を知っている人はいるんでしょうかね・・)