(微妙に本誌ネタバレ注意)



「はぁ……」

憂鬱そうに溜息を吐く少年が一人。
普段は凛として近寄りがたい雰囲気を醸す美貌の持ち主は、
まるで昼間から公園でカップ酒を煽る失業者のように鬱オーラを周囲に振り撒き、
見る者に己の絶望感を伝染させていた。

気持のよい晴天の空の下とは思えぬほど、
彼の半径10mの風景は、灰色で、どんよりとしていて、皆沈痛な面持ちで下を向いていた。

彼と待ち合わせをしていた二人の青年が、
そんな異様な光景を見て思わず踵を返して逃げようとするのは無理もないことだ。
結果的に戻ってきたのは、これが任務である、ただそれだけの理由だ。
決して鬱々とした美青年に情けをかけたわけではない。

「……イタチ。これから任務だってのに、そんなんで大丈夫か?」

まず、金髪の青年が嫌々ながら声をかける。
今回の任務において、彼が実質的な隊長なのだ。
次いで、黒髪の年若い隊長補佐も面倒くさそうに、けれど労わるように声をかけた。

「別に今日の任務に緊張してるわけじゃないんだろ? 腹でも下したのか?」

膝を抱えて座っているイタチは、その時になってやっと顔を上げた。
目の前の青年たちはしっかりと目を合わせ、視線が合うように同じく屈んだ。
二人とも、暗部の制服を着用しているが面までは付けていない。
今晒している姿は変化の術によるものなので、別に問題はなかった。
この言葉がなければ。

「………ナルトにシカマル…………いたのか」

瞬間、二人の暗部から鉄拳が飛んできた。
いつもならその拳を避ける実力があるのだが、イタチは何故か避けずに見事に殴られた。
その反応に逆に戸惑う二人。
これはあくまで警告であり、本気で殴るつもりはなかったのだ。

「……おい、どうしたんだよイタチさん」
「俺らの本名出しちゃったり攻撃避けられなかったり……まじで大丈夫なわけ?」

もしかして、本当に体調が悪いのか。
任務の延期という可能性がナルトの頭に一瞬過った。
今日だけは、自分たちが勝手に適当に任務をこなせばいいというわけではない。
なにせイタチの暗部入隊の内定がかかっているのだから。
体調不良による延期は失点になるが、それでも任務失敗よりはずっとマシだ。

イタチは彼らの心配に緩慢な動作で首を振り、弱弱しげに口を開いた。

「……今日は、サスケのアカデミー入学式なんだ」
「ああ、そうらしいな」

シカマルが相槌を打つ。
弟の入学式に参列するのしないので、父親と相当揉めたらしい。
そのあたりは家庭の事情と、あまり深入りはしなかったが。

「………まさか」

自分たちが言うのも何だが、幼少期から稀代の天才っぷりを発揮するこのイタチという男が、
実は相当ブラコンだというのは内輪では有名な話だ。
シカマルは、そこで察した。
ある意味、自明。頭の回転に比せず、最終的には誰もが行き着く想像。
イタチはその想像を確証づけるように叫んだ。

「ああ、やっぱり俺もサスケの入学式に出たい!」

今度は、二人とも本気でイタチを殴り飛ばした。
ずざざざざっと砂埃を上げ、数メートル先の樹に身を打ち付けたイタチ。
変化したナルトは、その身長の高さを生かして彼の胸倉を掴み上げた。
誰がどう見ても、怒っている。

「イタチ、それを俺たちに言うかぁ!?」
「……あー、そういえば」

胸倉を掴まれたまま、ポン、とイタチは手を叩いた。

「お前たちも入学式だな」
「そーいうこと。どうも、こいつ、出たかったみたいでさ」

シカマルはのほほんと欠伸をかきながら同意する。
欠席したのかとイタチが目で問いかけると、影分身の印を組む真似をされた。
ナルトはまだしも、流石に奈良本家の長兄が理由不明で欠席はできまい。

「ああ、もう、入学式だぞ?! 子どもの晴れ舞台でお祭りだぞ!?
 くす玉とか輪飾りとかクラッカー! ついでに紅白饅頭!!」
「………ナルトはどこでそんな知識を手に入れたんだ?」
「多分俺の親父たちが酒飲んでる時にでも教えたんじゃね?」
「そうか」

どこか間違っている入学式を輝く眼で語るナルトに、冷静な二人。
今日集まったのは任務のためなのだが、
既に三人とも座り込み全く仕事をする気が見られない。

「………大体、何で入学式の日まで任務なんだよ……畜生」
「いきなり入ったもんなぁ。うちはがごり押しで組み込んだんだろう?」
「まあ、うちにも色々事情はあるんだが、悪かったな」

あまり深い部分には触れず、ところで、とイタチは区切った。

「何だよ」
「入学式、出ないか?」

ぽかんと、ナルトとシカマルが目を見開く。
一瞬とはいえ、里でも有数の、己よりも遙かに格上の二人の
虚をつくことに成功し、イタチはにやりと笑った。

「イタチ、大人のジジョーってやつがあるんだろう?」
「これでサボるのバレたら、またうちはと里の溝が広がるぞ」
「変化すれば平気だろう。大体、サボるわけじゃない。ちょっとスタートを遅らせるだけだ」
「………そこまでして弟が見たいか」

比較対象がないので判別はできないが、普通の兄はここまでブラコンではない、と信じたい。
こいつなら、例え任務で親や親戚を皆殺しにしても、絶対弟だけは殺せないに違いない。
そんな二人の心情を知るわけもなく、イタチは、外見だけは自分よりも年上の二人に、
弟と同じような手つきで肩をポンポンと叩いた。

「一生に一度の晴れ舞台だぞ。そうきっちり大人の言うことなんて聞かずともいいじゃないか」
「俺大賛成!入学式って一回は出てみたかったんだよ!!」

シカマルは思う。
悪いお兄さんというのは、きっとこういう奴のことを言うに違いない。
すっかりノリ気なナルトを見てしまった以上、今更自分一人何か言っても無駄だろう。

「………当のイタチがそう言うなら、別にいいけどよ」

時計を見る。
時刻は丁度朝の九時半。
入学式は十時から。

だらだらと座っていた三人は、忍びらしく素早く立ち上がる。
ナルトが思いついたようにイタチを振り返った。

「んじゃ、暗部内定試験その1。アカデミーまで俺たちの後をきっちりついてくること」
「……………了解、隊長」













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