誰もが眠っているであろう深夜に、獏良はふらふらした足取りで帰宅した。
ドアを開けるとバクラがキッチンのテーブルで雑誌を読んでいた。
「ナイフマガジン」
・・・一体どこで買ってきたのだろうか、獏良はちらっと考えたがすぐにやめて
未だに読書を続けているバクラの向かいに腰掛けた。
「珍しいね、実体化するのって面倒なんでしょ?」
バクラは初めて気づいたようにこちらを見た。雑誌の内容に集中していたらしい。
獏良をじっと見つめて、言葉をえらぶように慎重に口を開いた。
「戻れなくなった」
よく見るとちょっと泣きそうになっていて笑える。
そんな獏良の心も読めないらしく身を乗り出してバクラは詰め寄った。
「どうすりゃいいんだ!?王様に聞いたって無駄だろうし・・うわー・・・」
本当に焦っているらしく落ち着きがない。(当社比)
拠り所の宿主に会って一気に溜め込んでいた不安が爆発したのだろう。
獏良はあくびをしながら席をたって洗面所に向かう。
「どこ行くんだ!!!」
「歯磨き。涙流してすがらないでよ、気持ち悪い」
バクラはゆるゆると獏良の腕を放して顔色を伺うように覗く。
いつもと変わらない態度に見えるが、言葉の一つ一つに微妙に毒が含まれている。
「宿主、もしかして怒ってる?」
「なんで?別におまえのせいで海馬君がうちに来ていきなり拉致って夜中まで帰してくれなかった
からって僕は怒ったりしないよ?」
絶対怒っている。・・隠していたのだろうが、遊戯たちに海馬との関係がバレたことはまだ知らないらしい。
それに、と獏良は言葉を続けた。
「僕に言ったってどうしようもないでしょ?一晩寝たら戻ってるかもしれないじゃん」
これ以上宿主を怒らせたくないという気持ちと、それもそうだという気持ちが見事に一致して
バクラは神妙に頷き獏良を見送った。
「戻ってない・・」
結局居間のソファで眠ったバクラは隣の部屋から聞こえる目覚ましの音で眼を覚ました。
仕方なく立ち上がって獏良の部屋に向かうと目覚し音が止まって部屋が開いた。
「・・・戻ってないね」
流石に獏良も危機感を感じてきたらしい。しばらくの間沈黙が場を支配した。
「千年リングの力は使えるの?」
「あぁ、それは、使えるみたいだ」
ふーん、と自分で聞いておきながら適当に相槌を打って獏良はトーストを一枚焼く。
獏良は朝は何も食べないのだからあれは恐らく自分のために焼いているのだろう。
「でも何がきっかけで戻るかわからないんだから一緒にいたほうがいいのかな・・」
冷蔵庫を開き、コップにミルクコーヒーを入れてバクラに渡しながら呟く。
バクラもそれを飲みながら頷き、机に座る。
「今日も学校行かないのか?」
昨日のことを思い出したのか僅かに表情が雲ったが、すぐに戻った。
「ちょっとやばいかも。今日はちゃんと出席する。おまえも来いよ?」
さらっと言われた言葉に一瞬聞き流してしまったがすぐに眼を開いて見返した。
「ちょ、俺も行くのか?」
「当たり前でしょ。一緒にいれるし、僕も学校に行ける。丁度いいじゃないか」
チン、とトースターの音がしたので獏良は冷蔵庫から離れた。
「『獏良』が二人もいたら大変だろ、俺はあそこの生徒じゃないぜ?」
何を言ってるんだ、と獏良は胡散臭げにこちらを見た。
「リングの力が使えるんだから教師なんてどうとでもできるだろ。僕の兄弟とでも言って
おけば怪しまれないし、何か問題ある?」
こいつ悪だ、とバクラは思ったがあえて口には出さなかった。
「バクラだ。そこの宿ぬ・・了とは双子の兄弟だ。しばらくここに通うかもしれない」
転入生の自己紹介と呼べるほど立派なものではなかったがあのバクラにしては上出来なものだ。
唖然とした様子の遊戯たちを尻目にバクラは獏良の隣の席についた。
全く同じでは見分けがつかないと、バクラは髪を後ろで束ねてフレームのない眼鏡をしている。
「ねぇねぇ獏良くーん!名前はなんて言うの?」
うるさい女子が寄ってきてバクラは気づかれないように舌打ちをした。
適当に答えようと思ってふと思いとどまる。・・・・名前考えてなかった。
獏良がフォローするように横から答えた。
「天音だよ。女の子っぽい名前で呼ばれるの嫌みたいだから苗字でよんであげて?」
にっこりと爽やかなスマイルを送ると先ほどの煩さがウソのように赤面して静かになる。
その隙をついて獏良はバクラを連れて席をたち、遊戯たちの席に向かう。
「獏良くん、一体どうして・・・」
遊戯は本当にわけのわからない、という顔で聞いてくる。獏良もそれを見て苦笑してしまう。
「いや、なんか戻れなくなっちゃったらしいんだよ、こいつ。一緒にいれば戻れるかと思ってさ。」
今度は隣にいた杏子が躊躇いながらも声を掛けた。
「ねぇ獏良くん。あのさ、海ムッ」
杏子は本田と城乃内に口を塞がれ言葉を言い切ることはできなかった。
二人とも、遊戯も御伽も焦っているように見える。
「どうしたの?何か聞きたいことがあるんじゃないの??」
獏良は心底不思議そうに聞く。
その様子を一歩下がって見ているバクラは冷や汗をかいた。
もし、バレたら絶対殺される。
面倒なことが嫌いな宿主は、本当に念を押して海馬との関係を隠してきたのに。
・・・厳密に言えばバレたのはバクラのせいではないのだが、八つ当たりを喰らうのは・・やはりバクラになるだろう。
結局本田たちがかなり必死にごまかして事なきを得た。
やはり、勘のいい彼らは獏良と海馬のことは触れてはいけないと感づいたらしい。
「変なのー・・バクラ戻ろう?もうすぐ始まるから」
バクラが眼を開けたときそこには誰もいなかった。
授業など聞いても意味がない、と考えているバクラは授業中爆睡していたのが仇になったらしい。
おそらくどこかの教室か、校庭か、どちらかにいるのだろうが・・。
『バクラ!起きてる?』
頭に直接声が聞こえてくる。
三千年リングに宿って色々な人間に憑いたが、こういった類の人間は初めてではない。
千年アイテムは霊力(というのだろうか?)の高い人物に惹きあうものだ。
今までも、そういった能力は見てきたが、獏良のそれはケタが違うといっていい。
実際、千年リングの力も今までと違い格段に使える。
(こうして、離れていても獏良と会話できるのも、リングと宿主の力が合わさっているからだ)
・・・・もしかしたら体力と霊力は反比例しているのかもしれない。
『起きてるよ、今どこにいるんだ?』
『教室を出て右に行って突き当たりの階段を上ってすぐのとこ』
バクラは何も持たず言われたとおりの道を進んだ。
科学室と書いてあるそこからは妙な異臭が放たれていた。
「遅れてすいません」
猫を被ろうとすると宿主の口調に自然似てくるのは笑ってしまう。
教師も大して気にした様子はなく入ってくるのを促した。
獏良の隣に座ると異臭の正体がわかった。
・・・・豚の腸だ。
周囲の机をざっと見回してみると、やはり色々な臓器が置かれていた。
「解剖か?」
「うーん、臓器の働きを見るだけで実際僕たちはやらないよ」
ほら、とこっそり指をさす方向を見ると先ほどの女子たちが嫌そうな顔をしている。
どうやら臓器の観察ですら嫌らしい。確かにこれじゃあ実際にやることは無理そうだ。
この机には遊戯、杏子、本田、城乃内、御伽がいる。班は自由らしい。
「うわー、気持ち悪い」
「そうだな」
と喋りながら本田と城乃内は机に置いてある豚の腸をまじまじと眺める。
杏子は何も言わず一番離れた席に座っているあたり、他の女子同様苦手なようだ。
獏良は机のソレにたいして興味もないらしく、課題のプリントを解いていた。
バクラはしばらく黙って城乃内と本田の掛け合いを見ていたがしばらくして獏良に問いかけた。
「なぁ宿主。前よぉ、人間をホットドックにして売ってた奴がいたよな?」
それを聞いて一番引いたのは城乃内だった。
その反応ににやりと笑いたくなるのを抑えてそ知らぬ顔をした。
「あー、グロスマン?それがどうしたの」
バクラはじっと腸を見つめ喋る。
「あれって人肉をソーセージみたいにしてたってことだよな?」
獏良もプリントに色々書き込みをしながら答える。
「そうでしょ、何、これ見て思い出した?」
「まぁそうだけどよ、あれって豚の腸に詰めたのか?それともちゃんと人間の腸に詰めたのか?」
今まですらすらと動いていたペンが止まり、ゆっくりとバクラを見た。
「盲点だね、そういえばどうなんだろう。・・でも豚じゃない?人間と豚じゃ食感とかも違いそうじゃん」
「そうか?でも豚も人間も内臓は比較的似てると思うぜ」
うーん、と二人で首を傾げる。
周囲が凍りついていることなどお構いなしに。
「あれ、城乃内君どうしたの?」
顔面蒼白で今にも倒れそうで正気を失いかけている城乃内に獏良は普通に話しかける。
「ば、獏良くん。今はそっとしておいてあげなよ」
御伽が獏良を引き付けているうちに本田は城乃内の口から抜けた魂を戻そうとしている。
杏子は耳を塞いでいて遊戯も笑顔のつもりだろうが顔が引きつっている。
『なんか僕まずいこと言った?』
気づいてないのかよ!!
・・・天然というかボケというか。
おそらく先ほどの会話も他意は全くないのだろう。(バクラは遊戯たちに嫌がらせのつもりだった)
この状況でのほほんとしている宿主は将来大物になるかもしれない、と思いつつ
バクラは眼を閉じて再び睡眠の体制に入った。
結局家に帰ってきたときに自然と元に戻った。
何でそうなったのかはわからないが、学校の授業も意外に面白かったと思いつつバクラは姿を消した。
「そんなに楽しかったんなら生物の授業の時だけ体使っていいよ」
・・・城乃内の魂が天に昇る日も近い。
遊戯の脳内会話
(うわー・・獏良くんの話怖いよ!!)
(何が?)
(だって人肉とか腸とかソーセージとか!)
(・・・・・・←いまいち理解できない)
(・・・もう一人の僕?)
(いや、まぁ確かに食べるのはよくないと思うぜ)
(何焦ってんの・・、人の内臓なんて気持ち悪くない?)
(いや、だって・・・・・・ほら)
(もう君までなんなのさ!!?酷いや!)
(あ、相棒―!!)
いや、ね?エジプトって地位の高い人は内臓綺麗に取り出して壷に入れるでしょ。
だからファラオさんはそういうグロい会話も結構平気だと思うんです。
逆にあそこまで怖がったり気持ち悪がったりする気持ちがわからない。
カルチャーショック?(時代がちょっと・・)
ちなみに遊戯くんは、確かに気持ち悪いとは思っていますが
最後の方はただ単にファラオをからかっているだけです。