スフォルツェンドの地下にある、大の男が四人も入ればぎゅうぎゅうになるような
この薄暗く狭い部屋が僕のお気に入りだった。
魔法を研究するために使っている部屋で世ほどのことでなければ
誰も入ってこない。
(僕を呼びに来た兵士に氷縛結界を試用してしまったのが原因だ)
というわけで人目を気にせず木箱から透明な水晶を取り出して覗き込む。
これは、初めて自分が買ったものだ。
見回りと称し、ぶっちゃけお忍びで立ち寄った小さな町で買った物だ。
はじめて見たときからそうだったが、自分の魔力との相性もぴったりで
大抵、水晶を使う魔法はこれを介して使っている。
それをゆっくりと左手に乗せ、呪文の詠唱を唱える。
最近は(フルートの)未来をこれに写そうと躍起になっているのだが
なかなか上手くいかない。
いや、きちんと姿は写るのだ。
問題は変な映像が次々写ってしまうことだ。
変な牛や女子高生、バニーガールなどもあった。
勿論それがフルートだとわかっているのだが母さんはそれを見て錯乱してしまった。
・・・・なんとか望んだ姿だけを写せればいいのだが。
水晶に更に魔力を込めると美しい少女の姿が現れる。
だがそれはすぐに別の絵に変わり、また別の絵に変わる。
本来人の未来をむやみやたらと見てはいけないのだが、
やはり妹の将来が気になるのは兄としてしょうがないことだ。
「あはは、フルートは逞しく育ってるみたいだなぁ」
何度もこの魔法を使っているが、フルートは並みの戦士より強く見える。
鮫のボスと戦い、勝った姿を見たときは流石に笑いも引きつってしまったが。
「あ、クラーリーだ」
クラーリーを始め母さんやパーカス、僕の知っている人も時々フルートの
未来に出てくる。僕自身が、出てきたことは無い。
それがどういうことを指すかよくわかっている。
この世界から存在を抹殺されたか、死んだかのどちらかである。
・・嫌なことを考えてしまったからか水晶の映像が歪んだ。
慌てて集中しなおすと、一枚の絵が鮮明に写しだされた。
綺麗なドレスを身にまとったフルート。
手は拘束され、後ろから魂を奪われている。
奪っているのは軍服を着込み魔族の首を持つ僕、リュートだ。

僕は気持ち悪い感覚に襲われ水晶を落としてしまった。
丈夫なもので水晶自体は壊れなかったが木の床に小さな凹みをつけた。
すぐさまそれを拾いなおし、もう一度ゆっくりと見る。
何度見ても、その男は僕だった。
顔にはなんの感情も映し出さずフルートの魂を掴んでいる。
僕は、僕は何をやっているんだ?
魔族との戦いで死んだのではないのか?
この力に恐れられ、とうとう城に幽閉されたのではないのか?
何故自分は最愛の妹を、殺した?
この魔族の首は見たことがあった。
冥法王ベースだ。
魔王ケストラーの手下の中でも最強、と聞いたことがある。
僕は水晶を木箱にしまいこんで図書館に足を向けた。

「リュート様、何をお探しですか?」
後ろから話しかけられ、僕は今持っていた本を棚に戻し振り向いた。
「冥法王ベースについて調べたくてさ。パーカスは何故ここに?母さんは?」
母さんのお付のパーカスが一人でここにいるのは珍しい。
大抵離れるとしてもそれは仕事に追われて、だから。
「ホルン様は定期健診のお時間です。追い出されましたよ・・。
 ベースですか?確かここには無かったと思いますが」
「え、無いの?」
「はい。魔族関係の本は国に入らないよう規制されています」
なんてことだ、まさか、いやそれもしょうがない。
確かに僕がそういった本を読んだのは闇市でだった。
こんな大国ならば規制して当然か。
・・・・・ってそこで色々買っちゃったじゃん!
やばい、絶対あの部屋に人を立ち入らせないようにしないと。
「私も奴については少ししか知りませんが聞きますか?」
「うん、何でもいいんだ。教えて?」
パーカスは何かを思い出すように目を閉じた。
「・・見た目はただの軍服のおっさんですが魔界軍王をまとめる強者です。
 死を司る者で死んだ魔族をアンデッドとして手下にすることもしばしば」
「死んだものを手駒に出来るの?」
「うーん、死んだものを動かす、というのであれば上級の魔族なら誰でもできますね」
「どうやって?」
「反魂の法、といって自分の魂の一部を死んだもの、魂の無いものに入れると
 相手は自分の分身となって行動するそうです。私も実際見たことはありませんが」
それだけわかれば十分だ。
「ありがとう。とても参考になったよ。じゃあね、母さんにもよろしく言っといて」
急いで図書館を出たとき、後ろからパーカスが何かを言ったが聞こえなかった。

部屋に戻った僕は隅に積んでおいた本の山からある一冊を抜き取った。
『反魂の法』についてはこの本によく載っていたはずだ。
光があまり差さない部屋なので小さなランプを引き寄せて何度も読み返す。
何度も、読み返しても決していいことは書かれていなかった。
回避する術も、解く術もない。
ここには書いていないが、もしかしたら持ち主の魂を戻せば元に戻るかもしれない。
それでは遅い。
何とか反魂の法に逆らうことができないか?
魂と対抗できるものは・・・・・魂。
そうだ、魂を奪われても、ほんの少し残っていれば抗えるはず。
どこかに自分の魂の一部を封じれば、いい。
どこに?
・・決して身体から離れない、ベースも取ろうとしない場所。

「リュート王子―!!」

いきなり部屋の向こうから子どもたちの大声が聞こえてきた。
また遊びに来たのだろうか。
僕はとりあえず考えることを中断して扉を開ける。
案の定子どもたちがにこにこと立っていた。
「あのねー、クラーリィが面白い本拾ったから
 リュート王子も一緒に見ようよ!」
そう言うとクラーリィが恥ずかしそうに一冊の小さな本を渡してきた。
あぁ、これは
「漫画か」
「マンガって何?」
サックスがきょとんとした顔で尋ねた。
「漫画っていうのはある東国の万人向けの絵本みたいなものだよ」
でも、これは子どもには怖いと思うな。
タイトルは『ゲゲゲの鬼太郎』と書かれている。
「これって、結構怖い本だけど読む?」
怖い、と聞くとさーっと彼らの顔色が変わる。
何か別の遊びを提案しようとすると城の兵士たちがやってきた。
「こら!また勝手に忍び込んできて!今日はもう帰りなさい。
 お前らのお母さんが入り口に来ているぞ・・?」
最後の言葉を聞いた瞬間皆一瞬で走り去って行った。やはり母親は怖い存在らしい。
兵士は彼らが入り口に続く階段へ向かうのを見届け、僕に向き直り素直に謝った。
「すいません、また彼らを入れてしまって。あいつらどこから入ってくるんでしょうね」
困ったように笑いながら喋る。
実はこの裏の塀の一箇所が崩れていて簡単に登れるのだが、あえて言わなかった。
「まぁ、警備ご苦労様。・・あ、本返し忘れた」
右手にはクラーリィから受け取った漫画が一冊。
「いいんじゃないですか?また今度会ったときにお返しになれば」
そうだね、と笑いながら僕は部屋に戻る。
とてもじゃないがまたベースのことを考えるのは億劫だったので
気分治しにこの漫画を読むことにした。

意外にも面白いその漫画は、気づいたら何度も読み返していた。
鬼太郎・・妖怪・・・目玉親父。
目玉親父。
鬼太郎の父親の眼球らしいが自由に動き回っている。
・・・何故?魂が眼球に固着しているのか?
いや、待て。これは利用できないか?
そうだ、自分の眼球に魂の一部を定着して
・・・そうすれば反魂の法にも抵抗できるかもしれない。
善は急げと、僕は白墨を引き出しから取って、魔方陣を描き始めた。







15年後







クラーリィはスフォルツェンドの地下にある小さな扉の前に立っていた。
そこは、リュート王子が魔法の研究に使っていた部屋だ。
誰も立ち入らない部屋で、扉の金具は錆びていた。
クラーリィ自身も子供の頃何度かここへ来たことを覚えている。
ここに来たのには勿論わけがある。
勇者ハーメル一行は着実に北へと歩を進めている。
魔族との戦いはまた今以上に厳しくなることであろう。
リュート王子の研究していた魔法はどれも素晴らしいもので、
スフォルツェンドの神官としてはこれからのために是非とも知りたいものであった。
意を決して鍵を開けるとカチッと変な音がしたので反射的に身をかがめた。
瞬間、正面から紅蓮の炎が噴出した。
これが誰も王子の部屋に立ち入らない理由だ。
どういうわけかリュート王子は部屋に魔法の罠を仕掛け始めたのだ。
確かに、王子の研究したものはどれも危険ではあったが
昔はこんな仕掛けは無かった。
(あったら俺やクルセイダーズはこの世にいなかっただろう)
中におそるおそる入ったが他の仕掛けが作動することは無かった。
それでも何かに触れないよう気をつけながら机に向かう。
これも魔法による力なのか、埃や蜘蛛の巣などは全く無かった。
いつか来たときと同じように、綺麗なままだ。
机の横は本やら羊皮紙やらでごちゃごちゃしていたが机の上は片付けられている。
付箋がべたべた貼られているカバーの付いた本と、その本の
内容と関連しているのだろうか、魔方陣やら眼の解剖図やらを数枚の紙に書き付けて本の最初のページにはさんでいた。
クラーリィは気になって、その本を手にとりぱらぱらと捲った。
「これ・・・・・あの時の漫画?」
ずっと昔に拾ったこの本を王子がそう言って説明してくれたことを思い出す。
絵ばかり描いてあって見たことのない文字で書かれていた。
読んでもらおうとしたのだが、怖いものだと言われ、逃げ出したのだ。
結局、その後無くしてしまい・・皆で残念がったが、まさか、王子が持っていたのか。
懐かしさについ微笑んでしまったが、はっとした。
・・・この漫画でリュート王子は何をしようと・・いや、したんだ?
「まさかこれそっくりのホムンクルスとか造ってないよな・・・」
表紙の片目を隠した少年。
クラーリーはゆっくり回れ右をして、走って部屋を出た。
片手にこの漫画を持って。
















おまけ


「うわ、懐かしいな!これってあれだろ?拾ったやつ!」
「本当に懐かしいわね。なくしたってってわかった時皆で探したよねー」
「リュート王子が持ってたんだな、でも何でこんなに付箋してあるんだ?」
「え、変な研究したらしい?やばくない・・まさかこいつらそっくりの生物造ってたりして」
「否定できないあたりが悲しいわね。うん、でもいいなー、クラーリィこれ貸して?」
「あ、俺も読みたい!マリーの次俺にも貸せよ!」
「じゃあ、その次俺―」
「私もね、・・・・ってクラーリィどうしたの?疲れた顔しちゃって」
「俺、その生物が本当に存在したらどうすればいいのか聞きたかったんだが?」
「大丈夫じゃねぇの?王子もそこまでマッドな人じゃなかったって!!」
「・・・・・・・・・・・・・」