「あー・・・・えーっと」
「・・んだよ、用が無いなら消えろ」
泥まみれの服をどうしようかと困っていると、
大会のスタッフがコインランドリーがあると教えてくれた。
金が無いから断ろうとすれば、参加者の世話が仕事だと、
代えのシャツの置いてある場所と、小銭を少し手渡された。
で、洗濯に来てみれば、そこには先ほどまでの対戦者が座っていた。
よくよく考えればいてもおかしくないことはわかっているが、ちょっと驚いた。
「えっと・・・わしも、洗濯をしたいんだが」
「んなことわぁってるっつーの。ほら、さっさとそれ寄越せよ」
一つしかない使用中の乾燥機に、自分から引っ手繰ったズボンを投げ込む。
ガラは悪いが、根はそこまで悪い人間じゃないらしい。世話好きのようだ。
あのピンクの服は全部乾燥機の中にあるらしく、
『B−1グランプリ』とデカデカと書かれたロゴのシャツを着ている。
意外なことによく似合っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・おーい」
「・・・・・」
「聞こえんのかぁ?」
「・・・・」
「て、テルマ、じゃったか?」
「・・うっせぇなぁ、何なんだよ」
「ほれ」
握手。
右手を差し出そうと思ったが、テルマは左利きだったのを思い出して
慌てて左に差し替えた。
意図が掴めていないらしく顔を顰めるので、端的に一言で説明。
「握手」
「はぁ?何で俺様がおまえと握手なんざしなきゃいけねぇんだよ」
「良い試合であった。だから、握手じゃ」
「・・・反則負けに良いも悪いも無ぇよバーカ」
「いやぁ良い試合だったと思うがなぁ・・・・」
差し出した手を軽く叩かれた。
試合前に健闘を祈っていたあの態度とはえらく違う。
が、多少無礼な態度を取られても、あまり嫌な気分にはならなかった。
不思議なものだ。
「テルマ兄ちゃーん!」
少し距離のある廊下から、誰か子どもが数人走ってくるのが見える。
テルマの名前を呼んでいることから、知り合いだろう。
隣の男はその声を聞いて、急いで身を整え、立ち上がった。
身を整える時点であの爽やか笑顔に戻っている。素晴らしい変わり身だ。
「やぁ、応援しに来てくれたのですか?」
「うん!!・・・・でも、テルマ兄ちゃんの試合終わっちゃった?」
「あはは、残念ながら一回戦で負けてしまいました」
「あの兄ちゃんに?」
子どもたちが不満気な視線をこちらに送る。
酷く居心地が悪くなったのでその場を退こうかと思ったが
テルマが気味悪いほど優しげなあの笑顔で子どもたちを諭した。
「確かに銃兵衛さんに負けちゃいましたが、とっても良い試合でしたよ」
「むぅー、テルマ兄ちゃんは穏やかすぎるから負けちゃうんだよ」
いや絶対それは無い。まず間違いなくあり得ない。
子どもたちに内心つっこみを入れる。言葉にする勇気は無い。
大体、良いも悪いも無いと否定していたのはどこのどいつだ。
「じゃあさ、残りの試合一緒に観戦しようよ!」
「お、おい。確かおまえさん強制退」
強制退場喰らったんじゃないか、と止めようとすると
凄まじい形相で睨まれて、言葉を飲み込む。
子どもたちに気づかれず、よくもまあここまで殺気を出せるものだ。
「僕はもう疲れちゃったので、児童館に戻りませんか?
実はあそこの冷蔵庫にケーキが残ってるんです」
「え、まじ?戻る戻る!!」
「後で大会の話聞かせてね!」
我先にと外へ走っていく子どもたちを見送りながら、
乾燥機から自分の服を出してこちらに向き直った。
「じゃ、失礼します銃兵衛さん。次の試合も頑張ってください」
「おう。何ならおまえさんのために次の試合は勝利のガッツポーズでもしてやろうか?」
「うっわ、気っ色悪ぃ!!!ひゃはははははは!!」
「・・・・おまえの笑いのツボがイマイチよくわからん」
こちらを無視して悠々と笑いながら去っていくテルマ。
演技を忘れるほど面白いことを言ったつもりは無いので、その態度はちょっとつまらない。
もし次の試合に勝ったら本当にガッツポーズしてやろうと決意した。
ついでにカメラの前でテルマの名前を叫びつける。
あいつがどんな顔をするか見ものだ。
例え原作アニメで観客席にいても気にしなーい気にしなーい