蔵木コドウにとって、教会とは自分とは全く縁の無い場所だと自覚していたし、
何よりも、こんな日の当たる場所が好きだとも思わなかった。
ただ目的無くふらりと道を選び、偶然に奴と再会した。
アレは柔和な微笑みで自分に声をかけ、
何のてらいも無く教会へ招き入れた。
あれだけ壮絶なバトルをしながら、どうしてこんな態度を取るのか不思議でならない。
むしろこの男は自分とのバトルを覚えているのだろうか?

それでも義理も何も無いのに誘いに応じたのは、何となく、だった。


さんさんと日の光が色鮮やかなステンドグラスを通して部屋に入り込み、
木目や布生地の色味も全体的に暖かく見える。
よくよく考えればこんな場所に来たことは一度も無く、
ある意味では新鮮な経験だ。
外では甲高い子供の声がよく聞こえ、つくづく自分には合わないと感じた。



「おまえはここで何をしている」
「週に一二度、こちらで子供たちの相手をしているんです」

元々、自分を呼び止めたのも大した目的は無かったのだろう。
にこりと、もう一度人好きのする笑顔で笑いかけ、
ポケットからカラーセロハンで包まれた飴玉を数個取り出した。
子供扱いされているようだ。

「いらん」
「えーっ、じゃあ、林檎はどうですか?」
「・・・・・何でそんなに食い物をやりたがるんだ」
「貧しい人を救ってこそが宗教というものでしょう」
「俺は貧しくない」
「ちゃんとご飯食べてますか?ってか、家あるんですか?」
「・・・・・」

無言を肯定と取ったのか、林檎でいいですね、と言ってまたポケットをまさぐるテルマ。
何故そんなものを入れているかは理解しかねる。
というかもしかして、教会に誘われたのは同情されたからか?


「天にましますわれらの父よ。われらの日用の糧を今日も与えたまえ。アーメン」


胸で十字を切って、林檎を手渡すテルマを鼻で笑った。
別に宗教そのものを笑ったつもりは無い。
ただ、形だけでも天に乞うこの男が滑稽でしょうがなかった。
バトルの時は、何もかもを自らで奪い取るような男であったのに。


「ふん。くだらん」
「くだらなくなんてありませんよ?日々の信心は大切なんですから」
「神なぞいない。いたらこの俺を生かしておくわけがないからな」
「あー。そういえばコドウさんは世界を破壊するのが目的でしたね」


何故かこの男が言うと、とても己の目的が馬鹿らしく聞こえる。
言葉を返すのも面倒になり、林檎を齧りながら適当に頷く。
瑞々しく、甘い果汁は喉を潤す。こうして果物を食べたのは久しぶりだった。

「でもあなたが破壊を担うものなら、
 きっと救済を担うものもいるのでしょうね」
「・・・ほう?」
「例えば、聖書で言えば、知恵の実を口にして
 人に死を与えさせたアダムが破壊の役割なんです」

林檎をもう一口齧る。
こんな話をされると、こうしてこの果実を渡されたのも
何らかの意図があったのではと疑いたくなる。

「それで?救済はキリストか」
「おや、知ってたんですか?」
「馬鹿でもわかる」
「むぅ。話し甲斐のない人ですねぇ」

「それで?」



「・・・・・はい?」
「お前は何が言いたいんだ。俺が破壊を担って、それで?
 救いは自分が、とでも言いたいのか?」


別に責めているつもりではなかったが、 テルマは随分と困った顔で、薄く笑った。
こういう顔の時、彼は「どちら」なのかわからなくなる。





「そうであれたら、よかったんですけどね」


「くだらん」
「あなたならそう言うと思います」
「おまえらは複雑で理解できん」
「・・・・・・・・・・僕を複数で表すんですね」
「違うのか?」





「さあ。でも、正しいかどうかは僕も知りません」
「曖昧だな」
「コドウさんだって、知らないこといっぱいあるでしょう?」











例えば

此処は飲食禁止だとか