・・・・失敗した。



テルマはできるだけ身を小さくして物陰に隠れた。
比較的、この辺りには詳しかったので、どこに気を払えばいいかはわかる。
だが今は、息をすることすら慎重に、微かでも動きたくなかった。


数人の小走りの足音が聞こえたが、すぐに消えていく。
走った時の砂埃がこちらにまで来た気がしたが、
そこまで距離は近くないのだから、神経質になっているのだろう。



数秒か、それとも数分か。時間の感覚が麻痺してきたが、
何度も気配を探り、誰もいないことを確認して静かに息を吐いた。
少し余裕を持てば、思考にもゆとりができる。





小脇に抱えていた小包を、ぎゅっと握る。
・・・そもそも、暗くなる前に用事を済ませれば良かったのだ。

こんな時間に慌てて店まで走っていって、
品行の悪い不良が夜は溜まると聞いていたから予防線であちらの顔を使って歩いたら、

ぶつかって、絡まれて、逃げてきた。


ああ・・・失敗した。自分の危機意識の無さに改めて自己嫌悪。
よくよく考えればわかりそうなものを。
優しい顔で通用するのはガキ共と大人だけだ。
他から見れば「品行方正」ではなく、「弱者」に見られることを、忘れていた。
少なくとも、今まで『顔』の使い分けで失敗したことは無かったのに。



・・平和ボケ、してきているのか。

それでも、自分は比較的良い方だろう。
逃げられたし、財布も取られていない。
最初に顔を一発殴られて鉄分の味がするが、それでも歯は折れていない。
・・・・あてつけがましく顔を殴られたのは他意がありそうだが。



ジャリ

突然の足音に、瞬時に身が硬直する。
気づいたのか?いや、そんなはずはない。足音は一人だ。
だが、こんな時間にこんな場所を出歩くとは、仕事帰りのリーマンでも塾帰りのガキでもあるまい。




用心のためにと、左手にはシュトロムグリフォン。
あいつらを撒くのに随分と役に立った。
・・・・・・・・・・・人には、撃っていない。

ここでふと気づく。
もしこの足音が巡回の警察だったら?

明らかに殴られた傷に、使用されたビーダマン。
加えて自分の人相の悪さ。
正直、今の自分は質の悪い、暴力沙汰にビーダマンを使ったビーダーにしか見えない。


急いでポケットにビーダマンしまいこみ、様子を見る。
こちらに気づかないで通り過ぎればそれで良し。
だめでも、人当たりよく・・・いや、逆にこの状況じゃ怪しすぎる。

一歩、二歩


どんどんこちらに近づいて、





「テルマ?」
「うおわっ!!」

話しかけて来るとは思わなかった。
いや、それ以前に、まさか、よりによってこいつだとは。

「おまえ何でこんなとこいいるんだ?」
「そ、それはこっちの台詞ですよ必人君。もう子どもは帰って寝る時間ですよ」
「そっちの顔で誤魔化すんじゃねぇよ」

簡単にバレた。
赤い髪が無造作に揺れる。
こちらを覘きこんで、眉をしかめられた。

「うっわ、暗くて見えなかったけど口から血ぃ出てるぞ。拭いとけよ」
「・・・っせぇなあ。俺に構うんじゃねぇよ」
「あっそ。ヤンキーみたいな兄ちゃん達はさっき巡回の警察に補導されてたから問題ないぞ」
「・・・・・・・・・・」
「あいつら酒飲んでバイク乗ってたからさ。どーせ、何かひと悶着起こしたんだろ」

必人の最後の言葉は、こちらの返事を必要としていなかった。
確信。こいつは、明らかに事情をわかっている。
どうして、と尋ねようとすると、両手で何かを掴まされた。

「一応道にあったのは拾ってきた。あれって燃えないから、掃除のおばちゃん怒るんだよな」

十数個のピンク色のビーダマ。
自分がいつも使用しているものだ。
・・・そうか、確かにこれを見つければ、何かあったとわかるだろう。
もしかしたら、あいつらが必人に自分を見かけなかったかと聞いたかもしれない。



「・・・・・・・礼は言わねぇ」
「ビーダマンは人に撃っちゃいけないんだぞ」
「・・・・・・・・・・・知ってる」
「・・・・・・・・・・・・・あのさ、反論してくれねぇと調子狂うだろ。
 別にテルマがそんなことするような奴だなんて思ってないし」


自信満々なその様子に、違和感を持つ。
俺は、自慢ではないがこのガキに好かれるようなことは一切していない。
だのに、何故かとても信頼されているような口を聞かれた。





「俺をそこまで信用していいのかぁ?」

何か企みがあるのか。
あまり、計略とは無縁の性格に見えるが、
そのあたりを見抜かなければ、下手すれば自分に厄介ごとが降りかかる。
・・・自分がまさにそんな例に当てはまる人間だからこそ、警戒する。

「テルマはいい奴だよ。面倒見いいし、ビーバトルも面白いし、
 ナナよりも髪の毛さらさらだし、眼鏡美人だし、俺結構おまえのこと好きだから」
「え・・・・・は?」


さらりと、何か妙なことを言われた気がしたが聞き流してしまった。
いや、必人が喋りながらいきなり手を握ってきたから、一瞬気を逸らされたというか。
ともかく、言葉は長かったが、要は信じているのだと、言った・・・と思う。
適当に頷くと、必人は更に笑みを濃くした。
何故だろう、薄暗いせいか、微妙に気味が悪く見える。



「テルマ」
「・・な、何だよ」
「俺が家まで送ってやろうか?」
「いらねーっつうの。てめぇこそさっさと帰れ」
「あ、テルマが俺を送ってくれるのか?サンキュー」
「・・・・・・・・おい、何勝手にほざいてんだぁ?」





「なんなら、泊まっていってもいいんだからな?」




今までで、一番身の危険を感じた瞬間だった。















たまにはノリノリな必人君。
テルマしゃん、たとえ人に向けて撃ったことがあっても気にしない。
これ書いた頃は丁度ダークリザード出る少し前だった気がします。