最近仕掛けた中継カメラに黄緑とピンクの何ともド派手な恰好の男が映っていた。
ターゲットは必人たちだ。
この男も、まあ、関わりが無いわけではなさそうだが、
店で見た時にはあまり親しい中には見えなかった。
「使えない奴」
サブに買わせに行ったココアを飲みながら椅子に深く座りなおす。
さらさらと流れる黄緑の髪の毛に何となく目を滑らせていると、
彼のゆっくりした足取りが止まった。
揃いの水色と白の制服を着込んだ男が二人。
黄緑の青年を見下ろしながら、ビーダマンを指差し、次に自分のビーダマンを出した。
何か喋っているが、聞き取りずらい。マイクの収音設定を変え、音量を上げた。
『…………ようぜ。すぐそこにビーダマン勝負ができる遊技場があるんだ』
『いえ、私は買い物があるので、今はちょっと……』
『おいおい、ビーダーが勝負を前に逃げ腰かぁ? さっさと来いよ。賭け勝負しようぜ』
『わっ、ちょっ』
ビーダマンを奪うだけにしては、男たちの態度は気持ちの悪いほど馴れ馴れしい。
テルマが慌てるのを愉しげに笑い、その薄い肩に手を添えて撫でていた。
『そう時間は取らせねぇからさ。ちょっとゲームしようぜ』
『うーん……』
『ほら、とりあえず行ってみりゃいいだろ!』
両腕を引っ張られるように画面から消えていったテルマを眺めながら、
僕は温くなったココアを一気に飲み干した。
「テルマさーん!」
「あ、君は……」
さも偶然出会ったかのような顔で、僕はテルマに駆け寄って行った。
キョトンとした顔でこちらを見るその表情や物腰は
先日の凄まじい破壊っぷりを夢かと思わせるほど柔らかいものだった。
「こんな人気の少ない場所で何をやってるんですか?
それに、そちらの人たちは………」
ちらとダークリザードの下っ端どもを睨み付ける。
こいつらは僕の部下ではない。
あの三人の中でコドウは部下をつけないし、ダラミもメイドを使っている。
消去法で、こいつらは岡大蔵の部下ということになるだろう。
流石に僕が誰なのかは知っているらしく、二人は無言で挙動不審になる。
テルマはそれに気づく様子もなく、のほほんとほざいた。
「いやぁ、この方たちがビーバトルをどうしてもしたいっておっしゃってるので、
これから遊技場に行くところなんです。ええっと、伴平君でしたっけ? 君もどうですか?」
驚いた、名前を覚えていたのか。
「………………テールーマーさん。
この人たち、ダークリザードの人でしょう、絶対危ないですよ!
何であなたって人は危機感が無いんですか!!」
「え、そうなんですか?」
「あー…………はい、そうです」
下っ端どもは、素直な言葉で尋ねられた質問に、これまた素直に返した。
あぁもう!! どっちもどっちだ、この間抜けども!!!!
仮にもダークリザードの名を背負うならもっと悪党らしく堂々としろっ!
こちらのイライラとした感情が伝わったのか、
下っ端二人は怯えた様子でこちらに会釈をして走り去って行った。
顔はしっかり覚えた。今度、岡大蔵に密告してやろう。
テルマも礼儀正しくあいつらに会釈を返してから、僕に笑いかけた。
「まさか本当にダークリザードだったとは、びっくりです。
君がいなかったらすっかり騙されてましたね。ありがとう」
「いいえ……テルマさんは本当、素直すぎます。
どう見たって純粋にバトルしようなんて感じじゃなかったでしょう」
「そ、そうですか〜?」
「そうです! 下心ありそーな嫌な顔ですよ」
「…………………」
突如、押し黙って俯くテルマ。
強く言い過ぎたか、いや、そんなことで傷つく繊細な男ではない。
どうしたのかと更に近づこうとすると、瞬時に強い眼で睨みつけられた。
あまりに唐突に態度が変わったので、ぎくりと動けなくなる。
「お前には、下心が無いのか?」
「………………は?」
予想外の言葉と、明らかに態度が変わったことへの驚きで、とぼける反応が遅れた。
テルマは、ポケットからビーダマンを取り出して、少し高い位置に下げられた看板に向けた。
瞬間、ビーダマン特有のショット音と共に、括りつけられていたカメラが無残に撃ち落とされた。
とてもじゃないが、もうあのカメラは使い物にはならないだろう。
路上のガラクタからテルマに目を戻すと、彼は厳しい視線で僕を見下ろしていた。
「…………………わかっていたんですか?」
「店にも、同じものがあったからな」
自分の迂闊さに舌打ちしたくなる。
まさかこの男に気づかれているはずがない、と油断した。
できるだけ弱々しい、けれどはっきりと聞きとれる声で呟いた。
「…………下心なんて、ありません」
「……………………………」
嘘だな、とテルマの眼が語っている。
さて、偽ることはこの男も随分と得意そうだが、僕もそう負ける気はしない。
こんな時には強気は禁物。変わらず沈鬱で気弱な表情と声で、相手にそろりと訴えかける。
「あなたが、あいつらに絡まれているのを見て、
ただ助けようと思って声をかけただけなんです」
「何で俺に構うんだ? お前の目的はあのガキ共なんだろう?」
「……信じてはくれないでしょうが」
これを言ったら、この男はどんな反応をしてくれるのだろう。
「僕は、あなたのことが、好きなんです」
「はぁ?」
思わぬ告白に一瞬呆然としたテルマ。
その機を見逃さず、足払いをかけて押し倒す。
胸倉を掴んで全体重で圧し掛かれば、細い体が必死に抗ってきた。
どうやら彼は、気分がハイになってはじめてけた外れの力を引き出せるらしい。
子どもに組み敷かれたまま、薄い胸板が荒く上下しながら徐々に抵抗が弱くなるのを感じた。
けれどビーダマンだけは頑なに離さないテルマ。
仕方なく、首に巻きつけていたマフラーで彼の両手首をしっかりと固定した。
「油断したな」
「く、そっ………おっまえ、本当は何が目的だよ」
「あはは、何だと思う?」
テルマの問いを適当に誤魔化した。
答えないのではなく、本当に、答えられなかったからだ。
僕は、何故、今こんなことをしているのだろう。
必人達を釣るのにも使えそうにないこの男を、
助けて、押し倒して、手首を結んで。はてさてこの後はどうするべきか?
襟元を掴みあげて半身を起させようとしたが、少し重い。
仕方なく、こちらから顔を寄せて、彼に口付けてみた。
存外柔らかな唇を軽く舐めながら数十秒。顔を離してテルマの反応を見る。
犬にでも舐められたと思っているのか、意味が分からんと眉をしかめていた。
この湧き上がる衝動の真意を、彼のその表情を見た瞬間に何となく理解しはじめた。
「ごめんなさい、テルマさん」
自分に興味がないと、意識する必要もないと思っているならそれでいい。
子どもだと侮っていられるのも今のうち、
そんな含みを込めて、可哀そうなテルマに精一杯の優しげな笑顔を向けてやった。
「下心が無いなんて、嘘だったみたいです」
伴テルはほら、マフラープレイできるからエロ要員。
081221:修正
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