つまらないテレビ番組。
いつもはうるさい従兄弟は秘密特訓だと堂々と公言して帰ってこない。
今日買ってきた雑誌も既に何度も読み返して、机に投げた。
ごろりごろりとソファで横になってシミひとつない壁を見上げる。

何もすることが無い。

退屈は人を殺せると言った先人は偉大だ。
もっとも、死にそうなのは自分なのだが。
脳みそがどろどろになってとろけてしまいそうな、そんな気分。
溶けて液体になったら、頭を振るたびに水の音がするのかと、
くだらない想像に少し笑った自分に、ため息。
眠るには早い時間だが、健康にはいいのだと自分を言い聞かせソファから身を起こす。
無駄な時間を明日への活力にするのは悪くない。

生真面目な顔で何かを熱弁する司会者に興味も無く、電源を切る。
一瞬の静寂。が、すぐにベルの音で切り裂かれた。

電話。

必人だろうか。
いや、あいつが電話で連絡なんて気の利いたことをするわけがない。
勧誘でも、それなりの暇つぶしにはなるかもしれないと2コールで取る。

「はい、仙堂ですけど」
『・・・・・仙堂さん、のおたくですか・・・・・?』

わざわざこちらが先に名乗ってやっているのに、聞き返す相手。
というより、名乗らないのは失礼ではないか。
勧誘じゃないことは、この時点でわかった。

「あんた誰?」
『・・・・・・この何ともいえない、まるで踏切の信号機のような
 耳にガンガン響く声はもしかして、ナナさんですか?』
「・・あんた、テルマ?」

うっわ。
心底自分の不運さを嘆くような声。
何なんだ、この男。
どういう経緯でここに電話してきたのだろう。

「何の用よ」
『ナナさん、チューリップの鉢植えを外に置いてますよね?』
「・・・・・何で知ってるの?あんたストーカー?」
『自意識過剰だと、何か哀れみが沸くのでやめてください・・
 一重咲きの黄小町ですか?僕あのチューリップ好きですよー。
 でも、チューリップの品種を書くのはいいんですが、お父様の名刺の裏に書いちゃだめです』
「あんた、あれ見たの?」
『あそこはビーダーの良い練習場になってますからね。
 最近は何かと個人情報の漏洩に気をつけたほうがいいんですから、
 名刺は駄目ですよ。名刺は』

電話番号から住所まで書いてあったら誰が悪戯するかわかったもんじゃありません。
生真面目に語るテルマに、あんたの今のソレも悪戯電話の類じゃないかと
言ってやりたくなった。言わなかったけれど。


「・・・で?言いたいことはそれだけ?」
『まぁ、そんなところでしょうか。
 今のナナさんはご機嫌がよろしくないようなので率直に用件を言わせて頂くと・・』
「ん?」
『ごめんなさい』
「は?」
『ちゃんと後で家に送り届けるので、しばらく待ってくださいね〜。
 後、もし土佐弁で目がイってるおじさんを見かけたら
 てめぇいつか潰す。絶対ぇ潰してこの借り倍返しにすっから覚悟しとくんだな
 ヒャーッハッハッハッハ!!!!・・・・って言っといてください。それじゃ』

ガチャリツーツーツー。

頭で何かを理解する前に、無機質な音が鳴り続ける受話器を乱暴に投げつた。
一番履きやすい靴を瞬時に選び、鍵もかけずに家を出る。
鉢植えはそう遠くないところに置いたはずだ。
街頭で薄く照らされた道を走って、すぐに目的の場所にたどり着く。


黄色のチューリップは、薄暗くなった場所でもしっかりとそこに存在していた。



安っぽいプラスチックペットボトル、
明らかに今急いで作りましたと言わんばかりの植木鉢。
ふと、小学生の頃に学校でヒヤシンスの栽培をしたことを思い出した。


一歩ずつ近づくと、じゃりじゃりとした細かい音。
整備されたコンクリートロードにあるはずのない小さな欠片が散らばっている。
ライトに照らせばそれが赤茶色だとわかった。

これらが本来、『鉢』であったものだと確信する。



「・・・・・・・っのばかども・・・」



己の中の抹殺リストにテルマとダークリザードの岡大蔵がリストアップされた瞬間だった。




















「ってわけでー、お詫びの代わりの花鉢です」
「よーく来てくれたわね、覚悟はいい?」
「ちゃんと謝りましたし鉢も持ってきましたし、
 そんなに怒らないであげてください、ナナさん」
「当事者はあんたでしょうが、あ・ん・た!!」
「もう一人の僕がお世話かけました」
「・・・・・なんか、あんたと話してると疲れるわ・・鉢さっさと渡しなさい」
「どうぞ。結構いいデザインなんですよ?百円にしては」
「百均で買ったのっ!?もう少し奮発しなさいよ」
「あはは、ナナさんは百円ぐらいが妥当だと思いまして」
「ほんっとムカつく男ね、さっさと帰れ、即刻帰れー!」
「怖いですねぇ。子供たちにこの近辺は鬼婆が出るって教えてあげないと」
「あんたの方がよっぽど子どもに警戒されるべき人物だけどね。
 十秒で消えないと私のビーダマンが火を噴くわよ。10−、9−・・」
「ノーコンじゃ怖くもありませーん。とりあえずすみませんでした。
 あ、そういえば花に水をやりすぎると腐るからだめですよ。
 栄養剤も挿せばいいってもんでもないんですし、少し勉強したらどうですか?」
「最後までうるさいのよ、バカテルマ!!」


去り行くテルマの背中を睨み付けていると、
家から必人が出てくるのが見えた。
かなり大きな声で喋っていたから気になって出てきたのだろう。


「これ、テルマが買ったのか?」
「でしょうねっ!あんた盗み聞きしてたの?」
「なんか入りずれーんだもん。ふぇー、百円なのによくできてるなぁ・・」
「当たり前じゃない。百円じゃないんだもん」
「・・・・・・・・・そなの?」
「私はあんたと違って物の価値ぐらいわかるわよ」
「だって、さっきテルマと言い争ってたじゃん」
「あいつが百円って言ったから、百円にしといてあげたのー」
「何で?」
「・・・・な、何でって」

必人は何故かポンと手を叩いて納得した表情。
こういうときは、あまりよろしくない察しな気がして、実際そうだった。








「お礼言うの、気恥ずかしかったんだろ」






私のビーダマンが火を噴いた。




















小学生の工作レベルでペットボトル植木鉢を急遽作成したのは悪魔です。
岡さんは破壊後に責任は持たない人なので消えてます。