「テルマ?おまえ何で手袋してんだ?」
「ふぇ?僕、いっつも手袋つけてますよ師匠ー」
「いや、料理の時は外してたじゃん」
不思議そうな顔で首をかしげるテルマ。
だけどこちらを見ているようで微妙に視線を逸らす。
こいつはまた俺に隠し事をしているのだと、心の中でため息が出た。
それでも、俺を心配させまいとしてつく嘘を咎める気は無い。
きっと、こいつにはこいつの事情があって。
いつかは自分から打ち明けてくれることだろうと割り切っていた。
ただ、今日はほんの少し『いつも』と違って
「え、っと。今日は、ちょっと・・・・」
「テルマ?」
腕を掴んで引き寄せる。
手袋を自分で取るか、無理矢理剥ぎ取られるか。
無言で見上げると、テルマは渋々と、ゆっくり右手の手袋を外す。
まだらに赤くなった手の甲が最初に目に付いた。
蚯蚓腫れになっていたり、擦り傷になっていたり、
深刻なものではないが、確かに水につけたくない怪我だろう。
ぎしり
「これ、どうしたんだ?」
「教会の帰りに転んじゃいまして・・・あはは」
いっそ不自然なまでに明るい笑顔に、微かだが怒りを覚えた。
手は、ビーダーにとって最も大切なものなのに。
衣服は勿論、目で見えるところに怪我も無かったので、
下手をすれば今夜は見過ごすところだった。
よほど険しい顔になっていたのか、テルマがぎくりと肩を揺らすのが見えた。
怖がらせないよう、できるだけ穏やかな声で窘める。
「ったく・・手当てぐらいしろよな」
「すみません・・・・・」
「テルマは左利きだったよな。左手は、大丈夫なのか?」
「はい」
ぎしり
信用ならない、と訴える目つきを送ると、
テルマは苦笑しながら左手の手袋も取った。
目の前に翳された傷ひとつない綺麗な手を見ると、
心のどこかでまた、ぎしりぎしりと嫌な軋みがした。
「誰がやったんだよ」
「師匠?何かおっしゃいましたかぁ?」
「・・・・・俺の弟子語るなら、怪我なんてしてる暇ないからなっ」
「・・・・・・・・・そうです、ね。気をつけます」
テルマはまた楽しそうに夕飯を作り始めて。
俺は時々その様子を見て、腹をすかせて文句を言う。
怪我のことは、もう誰も話題には出さなくなるだろう。
微温湯の日常に侵食されているのは、俺の方か。
それとも
軋む不協和音