「おい、テルマー。そろそろ時間だぞ?」
「はいはーい!ちょっと待ってくださいよ師匠っ」



急かされて、慌てて靴を履いて必人を追いかけるテルマ。
今日もまた修行なんだろう。
聞いた話じゃ三時間滝に打たれているらしいが・・・
まだここに馴染みきれていない彼にほんの少し同情する。
人との距離感なんてほとんど気にしないあの必人のことだ、
見知って間もないテルマにでさえ遠慮なく厳しい修行を課すだろう。

・・・・・それだけならまだいいのだけれど。



「テルマ君、大丈夫かなぁ」
「・・・・・ん?何か言ったか?」
「別にー」

耳ざとく自分の呟きを聞き取った銃兵衛に、適当に言葉を返す。
気になって窓を覗き込むと、まだ近くにあの二人はいた。
何やら必人がイフリートを使って説明していて、
テルマは笑顔でそれを聞いている。





彼は、おそらく、人と触れ合うのが、嫌い。


遠くで笑う彼の肩に流れる髪を、ガラスごしに指でなぞる。
初めて会ったとき、握手をしようと差し出された彼の手は微かに震えを刻み、
その額には冷や汗が滲んでいた。
皆、その好感のもてる笑顔に騙されていたが
自分だけはどういうわけか気づいてしまって。
それ以来できるだけこちらとしては気を使っているのだけれど、
あの必人は事あるごとに彼にちょっかいをかける。
少しは気づいてやればいいのに。
しがみつくだけでテルマは肩を震わせ、顔色が悪くなる。
彼も多少慣れてきてはいるが、
それでも触れた瞬間、身を固める癖は直っていない。

必人に注意しようかと思ったときもあったが、
その行為は必死で己の弱みを隠す彼を裏切ることだと気づき、やめた。





ぼんやりと窓の外を眺める。
必人たちは会話をやめた。また山にでも行くのだろう。
空を見上げると、どんよりとした灰色の雲が空を覆っている。
・・・本当に、よく外に出かける気になれるものだ。

「午後からにわか雨が降るらしいぞ?」
「そっか。じゃあ、僕、二人に傘渡してくる」


がらりと網戸ごと窓を開けて、まだ声の届きそうな二人を止める。

「ちょっと待ってよ!雨振りそうだから傘っ!!」
「おー、わかった。取りに行くわ!」


玄関に無造作に置かれた傘を二本、適当に取って外へ出る。
あの位置からなら、ここに戻るだけでも少し時間がかかるだろう。



「わー、わざわざ届けてくれてありがとうございます」
「いいんですよ。テルマ君は一切気にしないでください」
「・・・ちょっと待て。俺は気にしろってことか?」
「それはもう」

口元を隠してくすくす笑うテルマ君につられて、僕も笑った。
必人だけはつまらなそうに頬を膨らませて傘を引っ手繰る。
折角届けてあげたのに、なんて態度悪いのだろう。


「ほら、行くぞテルマ」


手を差し出す必人。
だからデリカシー無い、テルマが困るって。
どうしようか、何か適当に言ってフォローした方がいいのか、
そう僕が思案しているまさにそのとき、渦中の彼は


「はい」


必人の手を握り返した。
もう、震えてもいないし、変に怯えてもいなかった。
その反応に、必人も満足げに頷いて。

どうしてだろう。僕と彼らの間に、透明な壁ができているようだった。





「んじゃ、行ってくるわ。雨降るならそんなに遅くならねぇから」
「行ってきますね、コン太さん」




このまま行かせてしまったら、いやだ。
二人が戻るまでのほんの数時間で、じぶんがだめになってしまう気がした。



「待って、テルマくん」
「はい?」



必人が手を離して、テルマが小走りでこちらに戻ってくる。
何か忘れ物でもしたのかと小首をかしげて僕を見る。


「あのさ」
「はい」
「何かあったの?」
「・・・それは、どういう意味で?」

一瞬返答に詰まった。多分ビンゴ。
何かあったに違いない。
僕たちの全く知らないところで、この二人だけの間で。

「必人と二人で、隠し事してない?」




「・・・・・・・・・・ほんと、コン太さんて鋭いです」


降参、といった感じで軽く両手を挙げて苦笑するテルマ。
それでも、どちらかと言えばさっぱりした態度に、
このことはもう彼の中では過去のこととして整理されつつあるのだろう。


「僕たちには言えないこと?」
「・・・もう少しだけ、時間をください。
 時が来たら、自分の口でちゃんと皆さんに謝ります」
「謝るようなことなんだ」
「はい、それはもう」

少しおどけたような顔はさっきの僕の物まね。
テルマでもこんな風におどけるのかと内心驚いたが、
彼はまだ自分たちとさほど変わりない年だったのだと思い出す。

「じゃあ、いつか教えてね」
「ええ」
「あ、ちょっと屈んで?」

頭にゴミでもついてましたか?と尋ねながら素直に屈んだ彼に軽いキス。




おでこにだけど。






「行ってらっしゃい」
「・・・・なっ・・・・・・!」

耳まで真っ赤になるテルマに、不敵に笑む。
僕の家では、母親が寝る前とか出かける時とか、よくこういうことをしてくる。
だから今の彼よりは、ちょっと余裕な態度。
勿論、普通じゃまず間違いなくこんなことはしないだろうし、
テルマもきっと慣れてないだろうなって承知の上での行為。
(というか僕だって、家以外にこんなことは絶対やらない)








「ちょっとリードされたぐらいで、僕は諦めたりしないですよ」




ねぇ、必人?

















スタート地点は必人君より少し優位だったコンちゃん。
一巻買ってないので、コンちゃんがどんなキャラかなんて知らない!(言い訳)