幸の薄い子どもだと、初めて会ったときから思っていた。
誰からも愛され慕われた四代目火影を父としているのに、
里人からは、四代目を殺し、里を破壊し、
家族を奪った張本人かのような扱いをされる。
類稀なる、神童と称してもよいぐらい才能に満ち溢れているのに、
化け物と罵られ度々石を投げられることもある。
「化け物」は私なのに。
・・・私は、自分のしたことをあいつらに詫びるつもりはないが
この子どもには、死をもってでも償いたいと思う。
輝かしい、希望に満ち溢れた将来だったろう。
誰からも愛されて、その父親譲りの髪を誇らしく思うときもあっただろう。
・・それがどうだ?
今の彼が自分の才能を思う存分発揮できるのは、
人殺しや裏の任務だけではないか。
自分の容姿を隠し、表情さえ漏らさぬよう決して面を外さず、
ただひたすらに刃を振るい血にまみれていく。
昼に街に出向けば、その金糸の髪を泥まみれにして戻ってくる。
いつしか、笑い顔を見なくなった。
空元気も、偽りの笑顔も、あまり見なくなった。
ぼーっと一日中ソファに座って宙を眺めたり
外に出るときには必ず変化の術を使うようになった。
『うずまきナルト』は、その時消滅していたのかもしれない。
家の中でも、子どもは変化を使うようになっていった。
定期的に様子を見に来る観察役をするりとかわし、
朝起きて、夜寝付くまで変化を解くことをしなくなった。
そしてまた朝が来ると、一度鏡で自分の顔を見てからまた変化する。
ずっとこの繰り返しだった。
火影の配慮か、アパートは貸切ではないがほとんど人が住んでいないので
子どもが住んでいた部屋から青年が頻繁に出入りしていても誰も不審がらなかった。
この子どもが、殴られたり迫害されたりすることはなくなった。
何せ存在しないのだから。
アレさえなければ少年が傷を負うことは滅多に無い。
幼くはあるが、ドジを踏んで転んだりすることは今までなかった。
いつもボロボロになって家に帰って来ていたが、
偽りの姿になれば、服に汚れ一つつかなくなった。
そんなとき、子どもは、本当に稀ではあるが涙を流した。
偽らなければ存在さえ許されない。
恐ろしいことだろう、この歳にしてそんなことに気づいてしまったのだから。
泣き叫んで狂ってしまうのが正常だっただろうに。
だが、子どもはただ唇を噛んで俯き、声も出さずぽたぽたと涙を流すだけだった。
できうるなら、抱きしめたやりたい。
慰めてやりたい。
悪いことをした、と謝りたい。
どれも叶わぬことであった。
せめて、誰かがこの子どもの側についていてくれればいいのに・・。
最近になって、子どもにトモダチと呼べるものができたのかもしれない。
『シカマル』と呼ばれている少年だ。
この子どもと同い年だろう。
同い年であるが、この子どもと同じく大きなものを
抱え込んでいることが一目でわかった。
外に出ることを嫌がるこの子どもを、無理矢理連れ出すこともせず
本を持ってきて一緒に読んだりしている。
その本は、この子どもたちには簡単すぎる単調な物語なのだが、
それでも二人は楽しそうに読んでいるようだ。
いい傾向だ。
この子どもが、あのトモダチの前ではよく笑うようになったある日のことだ。
本当に珍しく、久しぶりに、彼は変化をせずに街を歩いた。
雨が降っていてぬかるんだ道を、合羽と長靴を履いて走っていた。
靴のせいでそんなに早くは走れないが、それでも急いでいた。
向かう場所は公園。
先日、捨て猫を見つけたのだ。
・・捨てられていたのかどうかは微妙だが、
とりあえずダンボールで横になっている猫がいた。
飼うつもりはなかったが、この子どもは一緒にいたトモダチと共に餌をやっていた。
気になったのだろう。
いくらなんでもあの猫がこんな雨の中ずっといるわけがないだろうが
そんなことわかっていても、確認せずにはいられないらしい。
公園に入った子どもは、急いでダンボールのあった場所に駆け寄った。
ダンボールはあったが中には猫はいなかった。
ほっとした様子で箱を見る子ども。
雨が酷くなってきたので戻ろうと立ち上がった瞬間、頭に何か当たった感触がした。
ベチョッと、そう、泥のような柔らかいもの。
ってか泥だった。
また、嫌がらせか・・と子どもも思ったらしい。
一瞬眉を寄せて迷惑そうな顔をした後、意を決して振り向いた。
ベチョッ。
まさか、第二段がくるとは・・・・・。
袖で顔の泥を拭って前を見ると、あのトモダチが傘を差して立っていた。
小脇にあの猫を抱えて。
「あ・・・・・」
子どもが声を出して何か言おうとすると、さらにあのトモダチは泥球を投げてきた。
服がべとべとになる。
子どもは困惑する。
そうだろう、今まで悪意あってものを投げられたことはあれど、今の奴に敵意は無い。
こそこそと隠れることもせず、堂々と泥球を投げてくる。
もう一度、ここぞとばかりの大きな泥球を、投げてきた。
それを避けたとき気づいた。子どもは、少し怒ったらしい。
ぬかるんだ地面から先ほど投げられたものより大きな泥球を作り、投げつけた。
それを奴もさっと避けるが、さらに追い討ちで小さな球を何個も投げつけられて
全身泥まみれになった。
トモダチは顔の泥を拭って、子どもを見て、笑った。
「・・・・・・やったな!」
「そっちが先にやったんだろ!!」
泥を投げつけようとするトモダチに、悪態をつきながら子どもは応戦した。
・・・・・・・・初めて見る一面だった。
というか、こんな子どもらしい一面が、あの子どもにあったことに少しばかり驚いた。
あのトモダチは、短い付き合いの中で、子どもの新しい一面を引き出した。
いや、眠っていた感覚を取り戻させた、といったほうがいいかもしれない。
・・・あの子どもの楽しそうな笑顔を見ていると、嬉しい反面少し複雑な気分だ。
「っ、いい加減にしろよな!」
「んだと?おまえがうに食いたいって言ってたから用意したんだろ!」
「・・・言ったけど、誰がプリンに醤油かけて食いたいって言ったよ!?」
「テレビでやってたんだよ!!!実験台になれ」
「うわー本音でたしぃ。・・・てめぇが食えってんだ!!!」
・・・あの子どもがテレビを見ながら『あー、うに食いたい』
と言った次の日の会話だ。
あいつとトモダチになって、大分経つが、どんどん口が悪くなっているように思える。
昔、『なるとー、今日はとしょかんで借りた本もってきたの』
『ほんとに?しかまる、今日はなにもってきたの??』
とか言ってた頃が懐かしいなぁ。
ずっと小さくて、二人でじゃれあいながら絵本を読んでた頃は・・まだ可愛かった。
「ぎゃーー!!本当に醤油かけたし!!やめ、マジやめっ!!!!」
あー本当に、可愛かったんだけどなぁ。
・・ま、大切な子どもには変わりない。
たとえ昔に比べ大分柄が悪くなっても、ずっとこうして笑っていて欲しい。
・・・・・・・・・でも、もう少し丁寧な言葉を使ってほしい。