「・・あれ、この花枯れかけてないか?」
シカマルはナルトの家にある紫陽花に目をやった。
牛乳瓶に入れられた二本の青紫の花だ。
大きな葉は少しばかり萎んでいる。
「あー、俺も何とかしたいんだけどね。チャクラとか入れればいいのか?」
忍びだけでなく、この世の生物は微弱であろうともチャクラを有している。
チャクラを入れて循環をよくし、少しばかり治癒力を高めることもできる。
「・・・・・やめたほうがいいぞ」
シカマルは神妙な顔でナルトを見る。
「なんで?」
「・・・・・去年、俺たちのクラスで朝顔の観察ってのがあったろ?」
「ああ、あった!俺はやらなかったけど」
アカデミーには夏休みなるものがきちんと存在しており、
その期間中に色々な課題を出される。
ナルトは裏の任務で毎日観察している暇はなかったのでやらなかった。
また、宿題を提出せずともイルカ以外の教師は注意することはないから、という理由もある。
化け物が宿題をやろうがやるまいがどうでもいいのだ。
「俺も色々あったし、任務もあったからな・・花を枯れかけさせちまった」
「それで、チャクラを入れた?」
相手は茶を啜りながら頷く。妙に湯飲みが似合う奴だ。
「俺もちょっと慌てていて、植物のチャクラの許容範囲のことを考えなかった」
ナルトが微妙な顔をしているのを見てシカマルは丁寧に話した。
「基本的にチャクラは生きてさえいりゃ持ってるもんだ。
・・・だが、人間を除く動植物はそうチャクラを多く保有できない。
特に植物はチャクラ量なんてほとんど無いと言っていいぐらい微量。
・・それなのに俺は、一応加減したがチャクラをどばどば入れちまったわけだ、朝顔に」
「・・・・・・どうなった?」
ナルトは興味津々といった表情で問いかける。
その当時のことを思い出したのか、シカマルの顔は険しくながらも低く呟いた。
「朝顔で圧死しかけるぐらいでかくなった」
「・・・・・・っ・・・・・・ぎゃははは!!な、朝顔で圧死!!?ぶは、あっはっはっ・・・ゴホッ、く・・苦しい・・・」
笑いすぎで腹筋を痛めたらしいナルトはまだ笑っている。
「うっせぇ!!笑うのやめろ!」
ナルトに怒るが、それでも笑うのをやめようとするどころか
「・・くっは、いや・・・だって、朝顔に押しつぶされるシカマル・・・・・見てぇ・・」
涙まで浮かべている。
シカマルの額に青筋ができた。
それを見て、やっと笑いを収めたナルトは涙を拭いながら問う。
「はぁ、じゃあどうしようかな。チャクラはくすっ・・駄目みたいだし」
「(今こいつまた笑いやがったな)んなもん、専門家に聞けばいいんだよ」
「専門家?」
「あら、シカマルにナルトじゃない!どうしたの?」
ナルトがシカマルにつれて行かれた場所は、いのの家であった。
いや、家というよりも花屋だ。
店番をしているらしく、カウンターに座っているいの。
肩まで伸びた髪を二つ結びにしている。
「おう、紫陽花が枯れかけてんだけどよー、もうちょっと長持ちさせられねぇか?」
「・・・・あんたが花・・あー、ナルトのね?わかったわかった、こっち来なさいよ」
ナルトの手に持った紫陽花を見て、いのはにっこり笑って手招きした。
店内の奥にある部屋に案内され、椅子に腰掛ける。
様々な花が壁際に置かれている。
どうやら店内に置き切れない花を一時的に保管する部屋のようだ。
「いい?紫陽花ってのは茎が太いからまず先っぽを切るの」
いのは小さいナイフで茎の先端を十字に切った。中々手馴れている。
ナルトももう1つの紫陽花を同じように切った。
次にライターでいいから火で炙るの。
「え、燃やすの?!」
「違うわよ、あくまで先のほうだけ。吸水しやすくするのよ」
そう言っていのはライターを引き出しから出す。
その時、チリンチリンと鈴の音がした。
「お客さんだわ。ま、こんな感じでやるのよ?」
いのはライターをナルトに、紫陽花をシカマルに渡して部屋から出て行った。
ナルトはライターの火をつけようとしたが、つかなかった。
何度かやってみても駄目だったのでシカマルを見た。
「ガス切れてるみたい」
どれ、とシカマルもライターを受け取り、つけようとしたがやはり無理だった。
「うーん、いのはまだ時間かかりそうだし・・・・よしっ」
ナルトは片手で印を組み始めた。
「おい、気をつけろよ。ライターの火力とは段違いなんだから」
「わかってる・・・と」
印を組み終わり左手に紫陽花を近づける。
瞬間、自分の頭上よりも高く火が吹き上がり、紫陽花は炭化した。
「ぎゃーー!!嘘、燃え尽きた!!?」
「っておい、そんなことより火が回っちまうって!」
ナルトの側に立てかけてあったカレンダーの隅が少しずつ燃えている。
ここはただでさえ植物が多く、燃えやすい。
「す、水遁!!」
両手で印を組みカレンダーに向けてはなつ。
・・・火は、消えた。
だが
「おい!!だから威力が強すぎるっつぅんだ!」
部屋は土砂降りにあったように水浸しになってしまった。
「だって、もし他に火が移ってたらどうすんだよ?!最初から全部濡らしたほうがいいだろ!?」
その時、後ろから怒気を孕んだ気配がした。
「・・・へぇ、これはどういうことかしらねぇ?説明しなさい、シカマル!!」
幼馴染の剣幕に、思わず後づさるシカマル。
ナルトと目配せしながら、ゆっくりと、できるだけ怒らせないように説明した。
「なるほど、そういうこと」
凶悪な笑顔で笑いかけるいのに現役暗部たちは冷や汗を流す。
いのは部屋にあった花を二本、手に持った。
「あのー、いのさん?それってば、毒花じゃなかったってば?」
「安心しなさいナルト。忍花鳥兜は根っこにしか毒はないから」
そう言って、クナイを投げるように花を持ち、二人を狙い見る。
「っておい!!おまえ何で根を俺たちに向けんだよ!!!」
「別に?なんか、面白い花瓶があるから活けてみたくなっちゃっただけよ」
目が明らかに据わっている。そりゃぁもう、イタチの万華鏡写輪眼なんかよりもある意味恐ろしい。
もう一度、ナルトとシカマルは顔をあわせ、頷いた。
ナルトはいのの頭上を、シカマルは開いていた窓から逃げ出した。
それに合わせるように投げられた忍花鳥兜を、シカマルは掴んで避け、ナルトは叩き落とした。
流石、アカデミー内で優秀なくの一だ。
狙いは外れていなかった。
「いやー、怖かった。いのって怒ると怖いのな?」
ナルトの家で落ち合った二人は疲れたように座る。
紫陽花はこの際諦めることにした。
もう一度あの店へ戻りたくは無い。
「ま、いいか。シカマル君の楽しい思い出が聞けたことだし」
にやっとシカマルに笑いかけるナルト。
シカマルはむっとしたが、すぐに笑い返した。
「ほー、ナルト君は花に押しつぶされてみたいんですねー?」
「・・・は?いや、別に」
シカマルはポケットから一厘の花を取り出した。
根はどうやら処理したらしいが、これはあれだ、いのの投げた忍花鳥兜だ。
「え、ちょっと!おい!!」
シカマルはナルトを無視して両手にチャクラを集中させた。
しかも明らかに眼にはっきりと見えるぐらいチャクラを込めている。
「紫陽花は燃えちまったからな。これで我慢しろ!」
ぽいっとナルトに花を投げつけて玄関の扉に走るシカマル。
ナルトはその腕を思いっきり掴んだ。
「ってこら、放せよ!!」
「やだね、一人だけ逃げようなんて卑怯だぜ?」
「いや、俺は経験者だからおまえ一人で楽しんでくれ」
ナルトの手を振り解こうとするとしがみつかれる。
投げつけた花は自分と同じぐらいの大きさになっている。
「・・・・・ナルトさん、一緒に逃げませんか?」
「・・・・・・そうですね」
二人は先を争って扉を目指したが、
その前にナルトの部屋は一面花びらで埋め尽くされた。
・・アパートの前で花粉まみれになった少年二人が言い争いをする姿がその後目撃された。
ナルトは、すっごい弱い力で術を出すのって苦手だと思う。