九月二十二日。
ナルトは日めくりカレンダーをじっと見つめている。
今日は、そう・・シカマルの誕生日だ。
別に「あ、今日誕生日だったな。おめっとさん」とでも言えばいいのだが、
やはり親友の誕生日ぐらい何か贈り物でもするべきだろう。
・・・・・さて、何を渡せばいいのか。
とりあえず変化で姿を変えて街に出ることにした。
ぶらぶら歩いていれば何か良いものが見つかるかもしれない。
適当に選んで入った雑貨屋にはサクラとヒナタがいた。
そういえば明日はいのの誕生日だった、そのプレゼントだろうか。
気づかれないようにそっと見ていると、どうやら二人は写真たてを選んでいるようだった。
「・・これなんて、どうかな」
「あー、いいんじゃない?いのってこういうの好きそうだし。よし、これに決定!」
二人がレジに向かったのを見送り、ナルトはそっと写真たての置かれた棚を覗いた。
位置関係からして、おそらくこの青いものを選んだのだろう。
白地のガラスに青い魚が泳いでいるデザインだ。
値は張るがセンスは悪くないし、二人で買えばまあ手頃と言えなくもない。
「流石、贈り慣れてる・・のかな」
ナルトは棚に背を向けて店内をゆっくりと歩き始めた。
「誰かにプレゼントですか?」
店員がナルトに話しかけてきた。
そりゃ、もうずっとここで立ち止まって商品を見てれば話しかけたくもなるだろう。
「ええ、友人の誕生日なので」
ナルトは店員の顔を見てにこりと微笑む。
「懐中時計っても、色々あるんですねぇ」
店内を見歩いて、何故か懐中時計にしようと思った。
シカマルは確か時計を持ち歩いていなかったし、丁度いいだろ。
「そうですね。でも機能性はどれも似たようなものですからデザインを重視したほうがいいですよ」
「へー・・・というか、これだけ凄いバカ高くないですか?」
ナルトはいくつかある中の一つを指差した。
他のものと比べると、4,5倍ほど値段が違う。
「あぁ、それは・・実はですね、これってからくり時計なんですよ。
色々専門家に見せたんですがちゃんとした仕掛けはわかっていなくて・・・」
店員は困ったように笑う。
確かに得体の知れないものを売るのは色々と気を使う。
だが、からくり時計。
おあつらえ向きというか、喜びそうな人物が一名頭に浮かぶ。
「これください」
「え?こちらが言うのもおかしいですが、もっと安くていいのありますよ?」
高いといえば高いのだろうが、それでも自分の一回の(裏の)任務分にも満たない。
にこやかに財布を取り出すと、店員もそれ以上何も言わずケースから品物を取り出した。
店を出るとすっかり暗くなってしまった。
だが、誕生日を祝うときはいつも23日にいのと合同でパーティをするらしいので
今日、夜に行っても大勢の人がいる、ということはない。
ナルトは左手に淡い黄色の包みを持ってシカマルの家に向かった。
シカマルの家に着いたときにはもうすっかり日は落ちていた。
ナルトはチャイムを押そうとして気づいた。
誰かいる。
誰か、とは勿論シカマルやその家族ではない。
親父さんの楽しそうな声が聞こえるとこから、おそらく友達や知り合い、といったところか。
ナルトは深いため息をついた。
誰だか知らないがいくら奈良さんの友達でも自分がここに出入りしていることは気づかれないほうがいい。
だからといって無断で侵入するのはいくらなんでも不味い。
その友達が帰ってくれればいいが、もしここに一泊なんてされたら・・。
明日渡すこともできるが、やはり今日中に渡したいところだ。
ナルトはぐるりと家を回って、気配を探ったがシカマルの気配は探れない。
仕方なく、持っていた筆で『シカマルへ』と袋に書き込みドアの側、目立つ位置に置いた。
よし、完璧。
帰ろうとすると、一つのとても親しみなれた気配がこちらに向かってくる。
「何やってんだ、ナルト?」
「・・・・・・・・・シカマル」
何でこんな時間に外いるんだ?
ナルトのそんな疑問を察したらしく、シカマルは頭をかきながら言った。
「別に、どっかの阿呆を探してたんだが見つからなくてな」
「あっそ、見つかったの?」
「おう、今見つけた」
「へー、阿呆なんてどこにいるんだ?見えないけど」
「俺の目の前に」
「あ、俺の目の前にいたわ」
「「・・・・・・・・・・」」
無言で火花を散らし始める二人。
だがシカマルはすぐに目を逸らし家に向かって歩を進める。
「どうせ俺の家に用があったんだろ?さっさと来いよ」
「なんか、お客さん来てるみたいだし・・」
「あー・・・・・じゃあ、こっち。俺の部屋に直で繋がってる」
そう言ってシカマルは玄関の手前から左に逸れて、ダンボールの箱積みに足を掛ける。
「あれ、シカマルの部屋って窓無かっただろ」
「ねぇぞ」
そう言いながらずんずんと上っていくシカマルの後を慌ててナルトは追う。
シカマルは更に壁から出ている小さな凹みを掴んで壁上を登る。
ある程度まで行くと右手で体重を支えながら、左手で壁をぐっと押す。
壁は何故か板のように外れて穴ができ、シカマルは中へ入っていく。
ナルトもそれに続いて中に入ると、そこは見慣れたシカマルの部屋だった。
「・・勉強机?」
どうやら自分は勉強机の下から出てきたらしい。
「あ、ちゃんと閉めとけよ」
「こんなとこに抜け道があったんだな。・・・って、だったらこの前何で教えてくれなかったんだ!?」
この前、とはナルトが特書館の本を渡しに来たときのことだ。
ここで本を読んでいるときにいシカマルの両親が帰ってきて、
ナルトは窓の無いこの部屋から脱出できず、結局親に見つかってしまったのだ。
シカマルが最初にこの抜け道を教えてくれれば、見つかることも無かった。
「これは内側からじゃ開かねぇんだよ」
「・・・・・・あっそ」
「ほら」
ナルトは無愛想に持ってきた包みを渡した。
「ん?あー、誕生日プレゼント?」
「それ以外何があるってんだよ」
「開けていいか?」
「どうぞー」
シカマルはごそごそと包みを開ける。
中には自分の手のひらに納まるぐらいの懐中時計。
見た感じ、普通の懐中時計だが。
「これって、普通の懐中時計・・・じゃねぇよな」
「ピンポーン、流石。何でわかるんだ?」
「何か変な部品が入ってるんじゃねぇ?少し重い。大体・・」
シカマルは口元を歪める。
「ナルトが俺に普通に贈り物するわけ?」
「しないね」
ナルトもにやっと笑う。
「ま、ありがとよ。仕掛けはこっちで調べさせてもらうから、言うなよ」
「あー、俺も知らないや。わかったら教えろよ」
「・・・知らないのに買ったのか」
「楽しみが増えるだろ」
「・・・・・・・まーな」
「ほい、ジュース」
シカマルは一度部屋を出て、コップを二つ持ってきた。
薄い黄色の液体・・匂いからして林檎だ。
「あんがと」
ナルトは差し出されたコップを受け取り、飲み干した。
そういえば、今日は午後からずっと何も口に入れてなかった気がする。
冷たくて甘いジュースを、つい一気に飲み干してしまった。
「あー、そういえば明日俺といのの誕生パーティとかやるって言ってただろ?」
いつ聞いただろうか・・確か一週間ほど前だった。
今日会ったサクラとヒナタも、明日のパーティでいのにあのプレゼントを渡すのだろう。
「んで、明日は、まぁ大抵の知り合いをいのが誘ってて、勿論おめぇも」
「はぁ!?俺そんなこと聞いてねぇ!」
「だろな、俺がリストに入れたし。いのも俺が直接言うって思ってるだろうし」
「・・・・・・それって強制参加?」
「俺は何も言わねぇけど、怒ったいのは怖ぇぞ?」
にやにやとシカマルは笑う。
「にゃろぅ」
ナルトは思いっきりシカマルにヘッドロックをかけようとする。
それを寸前で交わしたシカマルは逆に技を掛けようとナルトに飛びつく。
「はん、甘い!」
更に足払いを掛けるナルト。
シカマルはすぐに起き上がって左ストレートで応戦。
いつのまにか格闘になってきた。
ナルトが締め技を狙っていることを悟ったシカマルは両手でカバー。
ぐぐぐっと少し動いたが、動きが止まった。これは純粋な力比べだ。
ふと、ナルトは時計を見た。
十二時一分前。
そういえば、自分はあの言葉を言っていなかった気がする。
ナルトは力を抜き、シカマルを見てわざとらしく丁寧に頭を下げる。
「シカマル君、誕生日おめでとさん」
「どうも、ありがとさん」
シカマルも同じく笑いながらも頭を下げる。
二人は顔を上げて一度目を合わせると、再び取っ組み合いを始めた。
「シカマル!!夜中に煩いわよ!!!・・・・ナルト君も!」
ドアの向こう側から母親の声が聞こえた。
ナルトは襟元を掴んだままシカマルに話しかけた。
「・・おばさんに俺が来てるって言ったの?」
「いや、言ってねぇ」
掴まれた襟とナルトの左手を掴みながらシカマルは答えた。
均衡したこの状態を解いたのは、ドアを壊しそうな勢いで開けたシカマルの母親だった。
「・・こら!!私の言ったことが聞こえなかったとは言わせないわよ!」
ぱっと二人は同時に手を離したが・・・・・遅かった。
「二人とも正座しなさい!!」
二人が説教から開放されたのは、夜中の二時を過ぎた頃だったらしい。