あの日のことは、何年経っても、仕事に忙殺されていても、
決して忘れることの無い鮮明な記憶として残っている。







奈良シカクにとって、夏はあまり好きではないものだった。
鹿山の鹿たちがかのこ模様に変わる様を見て、
ああ今年も夏が来てしまったと心中嘆くのが常だ。
街中なんてものは特に悪い。
密集した建物に、人ごみ。
どれを取っても暑苦しいことこの上ない。

それでも、シカクがその暑苦しい夏の街を歩くのは、
ひとえにまだ見ぬ自分の子どものための、買い物であった。


適当に入った店は、そこそこ広く、だが物がごった返しで大変狭い。
子ども用品を扱っているせいか全体的にパステル調の、
柔らかい印象を抱かせる店内に居心地が悪くなった。
やはり身重だろうが何だろうが妻と来れば良かっただろうか・・・
大体、こんな場所に男一人で来るのは自分だけではないか、
と改めて店をぐるりと見渡すと、いた。

針ねずみのような頭に、ひよこのような黄色。
頭では視覚的情報を即効分析し、答えが出ている。
が、感情が『見なかった振りをしろ』とがんがん警告を出している。


「シカクさん?」
「・・・・・・・よ、四代目でしたか、やっぱり」

「今、僕のこと見なかった振りにしようとか考えてませんでしたー?」
「いいえ、別に。それより・・・ご公務はどうなされたんですか?」
「シカクさん。火影なんてつまんないもんですよ・・
 最強の忍びとして憧れの的なのに、実際火影の仕事なんてデスクワークばっか」
「要するにさぼってきたんですね」

あははは、とさっぱりとした笑顔で受け流す四代目に思わずため息が出る。
木の葉では、四代目火影の逃亡癖は有名だ。
なまじ実力があるため、暗部やら上忍やらが動員されてもかなり手こずる。
きっと、今も火影捜索のために里内を忍者たちが駆けずり回っているのだろう。
彼らの不憫さに黙祷。

彼らの苦労もなんのその、四代目は楽しげに子どもの小さな服を
見ては触り、買い物カゴに放り投げている。既にカゴは山盛りになっている。

「そういえばシカクさんのところはもうすぐでしたね」
「・・ああ、そうですね。予定日は九月の下旬なんで」
「へー。僕のとこは十月の中旬なんですよ。
 こりゃ僕たちの子ども、アカデミーの同級生になれそうですね!」
「・・・・・・・・・ってちょっと待て、おまえんとこも子どもいるのか!?」
「あ、これシークレットだった。黙っててくださいよー、ドッキリなんですから」


いきなり爆弾発言をかます四代目に、今度は眩暈が襲う。
どこまで自由奔放なんだ、大体ドッキリとは何だ。


「楽しみだ・・・僕が里外公務で出かけるときに、
 見送りにくる先生に『僕がいない間よろしくお願いします』と
 赤子を渡したらどんな反応をしてくれるんだろう・・・・!!」
「どっきりって、自来也さんに?」
「三代目にも仕掛けようとしたんだけど、この前バレちゃいまして・・
 後はカカシ君と、四代目捕獲隊の連中も何人か引っ掛けてやろうかなー」


くつくつと歪んだ笑いで背中に影をしょいこむ四代目。
爽やか好青年の顔が台無しだ。
できるだけ目を逸らして、そそくさと帰ろうとするが
四代目はまだ自分と会話を続けるらしい。


「で、シカクさんとこはもう名前とか決めました?」
「はー・・・まだ話し合っちゃいないんですけど、
 個人的に、男ならシカマルにしたいなぁとは思ってますよ」
「やっぱ名家とかって、そういう字を背負うとかの風習あるんですか?」
「大分廃れてきちゃいるが、無くは無い、ってとこです。
 俺としても、今更今までのもんを取っ払うってのも面倒だし。
 ・・・・・・で、四代目はもう決めたんですか?」
「いやぁ、決めてない」


意外だった。
てっきり、とっくに名前を決めていて、
だからこそ名前の話題をもってきたのだと思っていたが。


「でも、系統は決めてるんですよ!」
「系統?」
「僕の一楽ラーメンへの愛情の深さを見せてやろうと思いまして!
 チャーシューとかメンマとかナルトとか・・・
 流石に一楽は商標に引っかかるんでやめときますが・・」

でも、一楽ってかっこいいですよねぇ・・・・・・
とため息混じりに苦笑を浮かべる。
忍者だから、というわけではないが、木の葉も様々な名前の人間がいる。
が、食べ物の名前なんて、大食いの秋道家でも付けたりはしない!
これは・・・・あれだ。
ちゃんと叱ってやらないと、四代目の子どもが、可哀相すぎる。



「おい「四代目!!!」

静かな店内に、突然の轟音。
普通なら注意するものなのだろうが、
その発信源があまりにも血走った目つきで、目元には涙まで浮かべ、
・・・・大分同情した。

「カカシくーん、やっほぅ!」
「やっほぅじゃありませんよ先生!!!!さっさと執務室に戻ってください!」
「えー、僕もうちょっと木の葉観光したぁい。んじゃ、また後で、ね!」

期待のエリート忍者をするりとかわして消える四代目。
忍者としては一流だが、立派ないい年した大人としては、





「最低だ」


「・・・・・・・・・・ええ、全くもってそうですね」
「苦労してるんだなぁ・・・」


まだ十代の、下忍と同じぐらいの若さでありながら、
彼には哀愁と、大人の社会の理不尽さによって刻まれた苦労の皺が似合っていた。

「奈良上忍も、またアレを見つけたらすぐさま捕獲してください」



里のトップをアレ呼ばわりして、四代目を追うため去っていった生ける屍に、
深い憐憫の眼差しを向け、そっと手を合わせてやった。


















「なぁ、奈良さん。あの狐憑きの子どもを知ってるか?」

木の葉の里に甚大な被害を与えた九尾の狐。
その狐を封印されてしまった子ども。
三代目が公表したから、存在は知っているが、
ここ最近までずっと里の復旧の仕事に就いていたためよくは知らない。
同僚は缶ビール片手にほろ酔いで絡んでくる。

「その子どもっつうのがさ、髪の毛なんて金色で、
 眼も真っ青な色してるわけよ。ありゃやっぱり狐・・」
「そういう言い方はやめろ」

その例の子どもがどういった子どもなのかは知らないが、
九尾の狐と、子ども自身は全く違うもの。
事情は知らないが、親や家族がいるからこそ生まれてきた、
シカマルたちと変わらない普通の子どものはずなのだ。
(そこで気づいた。多分、例の子どもが己の息子と同い年だからこそ、
 同情心に近い思い入れがあるのだろう)
自分が真面目に言っているのを察して、同僚は素直に謝った。

「悪ぃ。でもよ、そいつ名前がすっげー変わってるんだ」
「名前?」
「そうそう。『うずまきナルト』ってんだぜ!
 言っちゃ悪いが、誰が名づけたんだよって名前じゃん!」


ああ、それは変わっているなぁ・・・・
俺の知り合いにもラーメン好きが高じて自分の子どもに
ナルトだのメンマだの名づけようとしていた親がいる。
そういえば、そちらも、生きていればシカマルと同い年ぐらいだったろう。




・・・・そんな親が、二人もいてたまるか。







「・・・・・・・・あんの馬鹿親、マジで付けやがった・・!!」

あまりに哀れな名前の子どもへの同情、四代目への呆れと怒り、
あの時きちんと彼の行いを正していれば・・という自分へのふがいなさ、
全てがごっちゃになって笑うしかない。



だめだ、火影岩の四代目の顔を見たら笑いが堪え切れられなくなった。





「っ・・・・あっはっはっはっは!!!!」
「・・・シカク、大丈夫か?」
「あー、ちくしょう。大丈夫なんかじゃねぇよ!!」


自分が思った以上に、壮絶な九尾の事件の背後。
碌に父親らしいこともできず、九尾狐という厄病だけを遺して
死んでしまった父親に、子どもはどう思うのだろうか。
噂では、里人や忍者の中には狐と同一視して子どもを忌み嫌う者も多いらしい。


「笑うしかねぇぐらい、可哀相な親子じゃねぇかよ・・・・くそぅ」






何年経とうと、仕事に忙殺されようと鮮明に浮かび上がるあの日の記憶。



まだ見ぬわが子のために、公務までさぼって買い物にやってきた四代目を、
俺だけはせめて、一生覚えていてやろうと、心の中で誓った。













060611:書き直しました
050403:作成


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