「心戦組」は中学に入って近藤という男から初めて聞いた言葉だった。
女子にしてはずっと大きな身体と力に私はコンプレックスを抱いていた。
その男は「心戦組」はそんな力を活かすための所だと言った。
父さまと母さまに「行ってみたい」と言うと怒鳴られた。
「あんな人斬り集団に!!?」
「もっと普通の人生を歩みなさい!」
それでも私は意志を曲げなかった。
ここでは、私は普通になれない。
知っているもの、学校の男子は怖がってる。
女子は私が何をしても哂ってる。
先生なんか「いつ校舎を壊すんじゃないか?」って相談してた。
父さまは「それならば二度と我が家の敷居を跨ぐな」と言って部屋を出て行った。
母さまは何も言わずお父さまについて行った。
悲しくて、涙を我慢して部屋に戻ると父さまのお財布がそのまま机に置いてあった。
中には慌ててどこかから入れたのだろうか、角が折れた新札が何枚も入っていた。
ここにずっと居ると決心が鈍る気がして、私はその日の内に家を出た。










アラシヤマは久しぶりに実家のある京都に帰ってきた。
実家といっても、誰も住んでいない空き家だが。
あの島を出てから一年、新総帥が就任してから目が回るように忙しかった。
特にデスクワークや頭脳労働をあまりしたことの無い伊達集のあの三人の代わりに
彼は寝る間も惜しんで仕事をしていた。
しかしやはり慣れないことには変わりなく、とうとう先日吐血して倒れてしまったのだ。
何度も大丈夫だと言ったのだが
「あなたのことを家族同然に思ってる人達からの報復が怖い」と職場の人間に泣きつかれ、
実家でしばしの休暇を過ごすことにした。
その「家族同然」の特戦の面々はある内戦を収めに援軍として借り出されている。
アラシヤマは自分が復帰する前に帰ってこないことを祈りつつ帽子を深く被り改札を通った。
京都にはガンマ団と敵対する勢力が幾つかある。
一応No2の自分はそこそこ顔が知れているのだ。実際祭りを見に帰省した時襲撃されたこともある。
刺客が待機していないか注意深く周囲を探ると一人の大男がうろうろしているのが目に入った。
否、大女だった。
これでも人の性別を間違えたことはない。
その大女はさっきからあっちに行ったりこっちに行ったり、どうやら迷っているらしかった。
しかし周囲の人間はそそくさと早足で避けて通っている。
ぼぅっとその女を見ていると目が合った。
女はアラシヤマを観察するように見て話しかけてきた。
「道に迷ってしもうたんじゃがここん人なら教えてくれんか?」
アラシヤマは身長が低くはないのにずっと上を見上げなければならなかった。
これでは確かに一般人が避けたり怖がるのも無理は無い。
生憎一般人とは程遠いアラシヤマはごく普通に接した。
「えぇよ、どこや?」
彼女はポケットから名刺みたいなものを取り出して見せた。
「心戦組」
瞬間、彼は眼を見開いたがすぐにもとの表情に戻した。
「し、心戦組?あそこは殺し屋集団やで?家族かなんかがいるんか?」
「いや、入隊しようと思っとるんじゃ。で、場所はどこじゃ?」
アラシヤマは瞬時に計算した。
この女を素直に心戦組のいる場所につれて行こうか行くまいか。
いっそのこと災いの芽は今のうちに摘んだほうがいいのではないだろうか。
「あんた、年幾つや」
「14」
それを聞いて一気に力が抜けた。
流石に仕事でもないのに少女(?)を殺す気にはなれなかった。
「それで場所は教えてくれんのかのー?」
「・・・ここから北に、ほら、あそこの大通りを真っ直ぐ道なりに、でも全然遠いわ。もう夜やし今日はどっか泊まって明日行ったほうがえぇ」
「それくらい大丈夫じゃけん、教えてくれてありがとう」
「ちょぃ待ち!!本当に遠いんよ、中学生がほっつき歩いてえぇ時間やないで」
彼女は背負っていた大きな風呂敷包みから立派な皮製の財布を取り出した。
無骨な指でその財布を開くと紙幣は一枚も入っていなかった。
「金が無いんじゃ」
アラシヤマは冷酷非道、血も涙もない悪魔、鬼子とさえ称されたこともある。
これから敵になるであろう人間に塩を送るような真似は一切しない。
だが、ここにいるのは女で、しかも中学生。
「はぁ・・・・・しゃぁないわ、わての家に来なはれ」


実家は大きいといえば大きいが豪邸・・という程でもない。
半年に一回来るか来ないか、なので時々業者に掃除を頼んでいる。
私物は全部売り払ったが布団や食器は置いてある。
なので自分以外に人を連れてきても不便は無かった。
食材を買いに行こうとすると自分が作る、と言うので財布を渡した。
大した額は入ってなかったので盗られる心配もしなかった。
実際、30分もすると帰ってきた。
何を作るのか、と聞くと「ウマ子特製の・・秘密じゃ、待っとれよ!」と答えた。
その時彼女の名前がウマ子というのだと知った。

二人入る分には決して狭くはない筈の六畳の和室も彼女と入ると狭く思えた。
大して料理が得意そうには見えなかったから期待はしていなかった。
「・・・・あんさん、どこでこんな料理覚えはったん」
出されたのは猪汁だった。
というか、普段絶対家庭料理には入れないような山菜やら肉やらが入っている。
「わしゃぁ夏休みと冬休みには必ず山に篭って修行しとるんじゃ」
だからこんな料理なのだろう、か。
小さい器を二つ棚から持ってきて一つを渡した。
「何で心戦組に行かはるの?」
彼女は豪快に食べながらこちらを見た。
「わしは運命の人を探すんじゃ」
思わず持っていた箸を落としてしまった。
ほとんど殺し屋と同じあそこに入るからには何か複雑な理由があると思っていた。
「運命の人?」
頷きながらそっと箸を置きアラシヤマの横にあった日本酒を引き寄せてコップに注いだ。
未成年なのだから、と制するつもりはなかった。
「わしより強くて、料理のできる優しい夫を探そうと思うとるんじゃ」
・・嫁の方がいいんじゃないか?、とアラシヤマは思ったが口には出さなかった。
「おぬしはそういう人はいるんか?」
ウマ子は嬉しそうにアラシヤマの方を見やった。
やはり中学生、恋愛話が好きらしい。
「いぃひん、欲しいとも思いまへんわ」
「惜しいのぉ、ぬしゃぁめんこいから男の一人もおるもんかと思うとった」
男にモテるのは事実だったのであえて否定しなかった。嬉しくも無いが。
「・・・それで心戦組に?」
「そうじゃ、あと兄を探す」
「兄?」
「24年前・・わしが生まれる前なんじゃが、兄が行方不明になっとるんじゃよ」
いつの間にか酒瓶が空になっていた。
眉をひそめながらもアラシヤマは何も言わずただ話を聞いた。
「別にわしは兄なんて今更・・実感が沸かんしの。じゃがあの二人はそうもいかんみたいじゃ。時々寂しそうに兄さんの子供の頃の写真を眺めておってのぉ。」
「見つかるといいどすな」
「そうじゃな」
話が丁度終わったとき、まるでタイミングを計ったように携帯が鳴った。
アラシヤマはすっかり自分の携帯の存在を忘れていた。
友達がいないからというのも確かにあるが、ずっと本部に缶詰だったので連絡をそれで取る必要が無かった・・というのが専らの理由だ。
仕事以外で連絡を必要とする人物がいないのも事実。
すみませんちょい電話するさかい、と彼女に一言言い、嫌な予感がしながらも
慣れない手つきで通話ボタンを押すと酷い雑音と共に能天気なグンマの声が聞こえた。
「やっほーアラシヤマ!ちゃんと休んでる?」
「元気やから休み自体必要ないんどすけどな、どないしたん?雑音が凄いで」
「あー、今さぁ、叔父さま達が帰ってきたんだけど、アラシヤマがいないって知って暴れててさ」
予感的中。
「・・つまり帰って来いと?」
「そー、ごめんね」
「グンマはんが謝ることじゃあらしまへん。でも今からすぐに戻っても」
「大丈夫!ヘリをそっちに飛ばしてるから」
そんなにヤバい事態に陥っているのか。
恐らく酒でも入っているのだろう、質の悪い酔っ払いだ・・。
「わかりました、じゃぁ一回切りますわ」
後ろのほうで男の悲鳴が聞こえながらも気に留めず電源を切った。
深いため息をつきながらアラシヤマはウマ子の方を向いた。
「すんまへん、仕事が入って今から戻らなあかんのや。今日はここ泊まっていき。
心戦組の本拠地は紙に書いておくさかい、それじゃぁ」
物凄く無用心だが実際しょうがない。今すぐ帰らなければ本部が半壊しているかもしれない。
「そぅか、世話になったな。おぬしの名前教えてくれんか?後に礼をしたいんじゃが」
「いらんわ、ここには滅多に帰って来ぃひん。名前は・・・名乗るほどのもんでもないわ」
そう言って家を出ると遠くの方からヘリが来て、どうやら小学校の校庭に着いたらしい。
そちらへ走って行くと向こうからも総帥の秘書官二人が汗だくになりながら必死で走ってきた。
「おつかれさん、大丈夫どすか?」
「はは・・すみません。と、とりあえずこちらに来ていただけますか?」

ヘリの中で秘書官と向かい合わせに座っているとティラミスが話しかけてきた。
「あれ、アラシヤマさんの家まだ明かりがついてますけど誰かいるんですか?」
「あー・・確かにいますわ。知り合い、ではないんやけどね、駅で会った子や」
チョコレートロマンスがにやっと笑って話に入ってきた。
「もしかして女性ですか?」
「そやね」
「「えぇ!?」」
二人が大変驚いているのも気にせず、アラシヤマはぼぉっと外を見ていた。







「リっちゃ〜ん!!!!」
「来るんじゃねぇよUMA子!!」
「ぎゃーこっちに来んなよリキッド!!!」
「トシさん酷いっす!あいつの犠牲になってくれっす!」
「おめぇの方が酷いぞ!!?」
いつもと同じパターンの会話で、そしていつもと同じく・・
「乙女美ジョン発動!!くぉんの御法度野郎がぁー!!!!!」
いつもどうりウマ子に飛ばされ重傷。
だけど今日はいつもとちょっと違う。
「ウマ子はん、お久しぶりやな」
呼ばれて振り向くと右目が髪で隠れている痩身の男が一人立っていた。
「・・・・・・」
「運命の人、見つかったんどすなぁ」
「あぁ!おぬしか!久しぶりじゃな、元気にしとったか」
「まぁ・・元気や。あのな、ウマ子はん」
「ちょっと待ち、おぬしの名前はまだ教えてもらえんか?」
はっとして彼はくすくす笑い出した。
「そういえば教えてなかったわな、わてはアラシヤマいいます」
「ほぅか、んでどうしたアラシヤマ」
「わて・・な、あれから運命の人、ができたんどす」
もじもじと顔を赤くしながら話す彼はあの時の、どこか冷めた感じのあった彼とは似ても似つかないほど愛らしかった。
「そりゃぁ良かったのぉ!!」
「でもな、わてどんなことすれば彼氏が喜んでくれる・・のとか全然わからんのや!だからウマ子はんに教えてもらいとう思って」
「えぇぞ、わしが一から教えてやるけんの!そのかわしアラシヤマも手伝って欲しいんじゃが・・・リッちゃんとわしの恋路を」
恥ずかしさを隠すようにウィンクするウマ子に、アラシヤマはにこっと普段では考えられないような笑顔で頷いた。
「当たり前やん!そんなん言われんでも手伝うに決まっとるわ!」
「すまんのぉ・・・ところでアラシヤマの彼氏ってどいつじゃ??」
「ここにはいないんや、・・でもシンタローはんのことやから多分その内来るんやろうな」
「是非とも見たいのぉ!さぞかしカッコいいんじゃろぅな?」
「もぅウマ子はんったら!!からかわんといて!」

「・・・・・なんか凄い2ショット見ちゃったんだけど」
「はっはっは、乙女同士気が合ったみたいだな!」
「(片方男じゃん!!)・・でもアラシヤマに恋人なんていたんだね!どんな奴だろう」
あなたのお兄ちゃんです。
頭から血を流しながら倒れているリキッドは心の中で突っ込んだが、口に出すのだけはなんとか抑えた。








終わり