ざわざわと木々の揺れる音が聴こえた。
受け付けのすぐ側の窓から顔を出すと大きな満月がぽっかりと浮いている。
今日は中秋の名月だと、テレビのニュースでやっていた。
ゲンマたちとの月見の約束も、思ったより早く任務が終わったので余裕で間に合いそうだ。
「みたらしさん?」
後ろから声を掛けられて振り向くと、
今日共に同じ任務をこなした暗部が立っていた。
「別にもう報告だけだから帰ってもよかったのに」
「一応ですよ。本当はあなたにそんな雑務させるだけでもこちらは気が引けるんですがね」
目の前の暗部は自分よりずっと上の人間だ。
今のこの里には、最強と称される者が二人いる。
一人はコノトと呼ばれる暗部。
私が知る限り五年前にいきなりこの裏世界に出て来て名を残した。
(他の奴らは十年前だの二年前だの・・・ともかくよくわからない)
もう一人がこの男、カノコだ。
少なくともコノトよりはずっと後になって出てきた奴で、
これまたよくわからない人間だ。
物腰は柔らかで丁寧なくせに戦闘時には情というものを一切感じさせない。
敵のことも味方のことも、全てを見通しているような指示に
頼もしいながらも、それ以上に恐ろしさを感じてしまう。
どっかの忍びが『化け物』と影で呼んでいたのを聞いたこともあった。
・・だが私はそう思うことは無かった。
いや、ちょっと怖かったのは本当なんだけど・・・・・。
見てしまったのだ。
コノトとカノコが論争していたのを。
いや、論争なんてもんじゃない。口げんかを。
『絶―対、今日は一楽だ!!』
『何言ってんだ!四葉屋に決まってんだろ!』
一楽はここらで評判のラーメン屋だ。
深夜まで営業しているのと、美味い割に廉価なので一般人は勿論だが
どちらかというと忍びに人気のある店だ。
四葉屋は・・確か和食を主とした定食屋だっただろうか?
海の幸が美味しいと同僚が行っていたが、私自身が行ったことはない。
どうやら二人で夕飯の話をしているようだ。
『おまえ最近ラーメンばっかだろうが、太るぞ!!』
『一食でそうそう太るかよ!』
『嘘付け!おまえここ一週間で二キロ太っただろ、喰いすぎ!!』
『・・何でわかるんだよ!!ってか女じゃあるめぇし気にするほどじゃねぇだろ!!』
『いや、こう腹がちょっとタプタプと・・・・・・・・・』
『え、マジ?』
『ということで今日は四葉屋決定』
『それとこれとは話別だから』
そこらへんで聞くのをやめて私はその場を離れた。
あのコノトとカノコが、一部の忍びの間では
ある意味火影様よりも尊敬と畏怖の対象となっているあの二人が、
まさか夕飯どこで食べるかを言い争っているなんて、ちょっと変な気分になる。
妙に所帯じみているというか、もっと贅沢なものを食べているイメージがあった。
なにせ里一番の高給取りなわけだし。
結局このことは誰に話しても信じてもらえなかった。
『あのコノトとカノコがそんなくだらねぇ話するわけねぇだろ』
と頭を小突かれた。
その気持ちはよくわかるのでそれ以上何も言わなかった。
「それじゃ、私は帰ります。お疲れ様」
「はい・・・・あ、みたらしさん?」
帰ろうと、受付を出て外の階段を下りていた私をカノコは呼び止めた。
「あのー、ここらへんで美味しい団子屋ってどんなとこですか?」
おそらく、私が甘味好きで団子屋や和菓子屋に出入りしていることを
知っている上での問いだろう。
「そうですね・・・大和屋や水無瀬なんかが有名どころですよ、美味しいし」
「・・ども、ありがとうございます」
そう言って上を見上げるカノコ。
雲ひとつ無い夜空に美しい満月。月見には最適な日和だ。
「でも、こんな時間じゃもう閉まってますよ」
ぼーっと月を見ていたカノコは僅かに肩を揺らした。
・・・どうやら時間の問題を忘れていたらしい。
「あ・・・・そうだったんですか、はは・・お疲れ様」
心ここに在らず、といった様子だ。
何事かぶつぶつ呟きながら早足で歩き始めるカノコ。
止まっていた私を追い越したとき、その呟きの内容が少しだけ聞こえた。
「・・・・白玉粉に小豆とシロップ・・いや、小豆よりきな粉のほうが・・・・」
いや、いくら買えないからって普通作ろうとしますか?
どうやら団子がどうしても必要らしい。
私は追いかけてカノコに話しかけた。
「これ、どうぞ」
「え?・・・これって、お団子ですか?」
麻の包みには白い団子がパックで入っていた。
「ええ。私も月見の約束してたんで。どうぞ」
「でもそれならみたらしさんたちが食べる分でしょう?お心遣いはありがたいですが遠慮しときますよ」
「どうせ私しか食べませんよ。酒宴ですし。だから持ってていいですよ」
カノコはしばらく悩んで、躊躇いがちにそれを受け取った。
「後で必ずお礼をさせていただきます」
「別にいいですよ。それぐらい」
軽く頭を下げてカノコは消えた。
それから数日後、私の目の前にコノトがやってきた。
今まで面識というか、会話もしたことがなかったのでいきなり前に立たれたのには驚いた。
「何ですか?」
コノトは小さい包みを懐から取り出して渡しに差し出した。
この麻の包み袋には見覚えがあった。
「あ・・・」
私が声を出すと、コノトは面を取って笑顔で話しかけた。
「先日はありがとうございます。あの団子は美味かったですよ」
「い、いえ気にしなくてよかったのに・・・・これは?」
包みの重さからしてそのまま団子を包んだわけではなさそうだ。
「んー・・・とりあえずみたらしさんが甘味好きと聞いたんで引換券を」
中には、確かに十数枚のここらで有名な甘味屋の特別招待券が束ねて入れられていた。
・・こんな短期間でどうやって手に入れたんだろう??
というか・・・・・・
「カノコと一緒に月見したんですね」
「まーな。それにしても綺麗な月だったよなぁ」
「そうですね。・・これ、聞いた話なんですけど、その日の深夜に死の森で
見たことの無い二人組みが互いを罵りあいながら禁術を
じゃんじゃん使って森のいたるところにクレーターを作ったらしいですよ」
火影様すごい怒ってたんですよー、と付け加える。
コノトは目を逸らした。
僅かに冷や汗がでているように見える。
「へ、へぇ・・・そんなことあったんだ。物騒だね。あ、俺もう任務だ!じゃあな、みたらしさん」
「今度また特上の仲間と飲みに行くんですが、一緒にどうですか」
「いや・・多分都合悪いと思うんだよなぁ」
「その二人組みはどうやら最後のヨモギ団子をどちらが食べるかと喧嘩していたようで・・・・」
「謹んで行かせて頂きます」
「カノコにもそう言っといてください」
「はー・・・・めん」
「結局周りを半壊させて、やっと我に返り半分に分けて食べ」
「わかったよ!!ちゃんと伝えるから!」
「よろしくお願いします」
一礼するとコノトはあっという間に消えてしまった。
見慣れてはいるが、やはりそこらの忍びとは違い鮮やかに消えてくれる。
周りには誰もいない。
とりあえずハヤテたちに次の飲み会を何時にするか聞きに行くか・・・
そんなことを考えながら私は街へ足を向けた。
特別上忍は皆仲良しこよしです。
ハヤテ、ゲンマ、アンコ、イビキはよく飲みに行く仲。
エビスはゲンマとアンコによくおちょくられます。
ライドウとアオバはそんなエビスに同情気味。
でも止めない(笑)
ちなみに月見は、上の四人で行ったんです。