ナルトが来ない。
カウンターに座って、薄っぺらい雑誌を読む青年が一人。
端整な顔立ちで、足を組みながら読書にふける姿は大変絵になるが、
それを見る誰もがすぐさま眼をそらす。
「シカ・・君、そんな怖い顔じゃ誰も貸し出しを頼めないじゃないですか」
背後からサコウが現れ、呆れたような口調で話しかける。
危うく本名を言いかけるあたり、老人性痴呆は着々と進んでいるようだ。
普段ではそんなことでは怒らない青年の顔からは、
あからさまに不機嫌で、何故か大量の殺気まで漏れ出していた。
「・・・あの子のこと気になる?」
眼を細めて口を吊り上げ、明らかにわかっているだろう問いをサコウはする。
「・・・・そうっす。あいつ三日で帰ってくるって言ったのに
もう五日以上もここに顔出さねぇから・・・えっと、何か、むかついて」
素直に心配していると言えばいいものを、意地が拒むらしい。
いくら才能を持って物事を達観していても、
子どもらしい一面はあるものだと、微笑ましくなる。
サコウは周囲に人がいないことを確認し、シカマルにそっと教えた。
「ナルト君、今は病院で療養していますよ」
事も無げにぽんと言われた言葉に、シカマルは一瞬口をあけたまま固まった。
しばらく間抜けな表情を晒し、数秒後には口を引き結び、
最終的にはとっておきの輝く営業スマイルになった。
「ちょっと急用ができたので失礼します」
「さて、どうすっかな・・」
病院の入り口で立ち止まったシカマルは困ったように上を見上げた。
図書館のそれと同じように、病院も一般病棟と特殊病棟で分けられているのだ。
特殊の方の場合は面会や見舞いとなると途端に厳しくなる。
極秘任務や暗部などは大抵特殊病棟に運ばれて、
情報漏えいを防ぐシステム・・・・になっているらしい。
極秘だらけのナルトなら、間違いなく特殊に入れられているだろう。
ただでさえ『九尾』として狙われているのだし。
開き直って、無計画に病院に入ってみると、数人の忍びが受け付けで手続きをしていた。
小さな声と読唇術で読み取る限り、どうやら特殊病棟への入出許可を取ったらしい。
しばらく様子を伺うと、忍びの一人がトイレに向かって行く。
シカマルはにやりと笑って、同じように男の後を付いていった。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「悪いな、用事が済んだら返すから」
眠ってしまった男を掃除用具入れに押し込める。
ご丁寧なことに身分証が財布に入っており、男の基本的情報は簡単にわかった。
男に変化したシカマルがトイレから出ると、仲間の一人が話しかける。
「遅いぞ!早く来い・・」
ぼそぼそと、周囲を窺いながら喋る男に、シカマルは怪しげな雰囲気を感じ取ったた。
が、ここでバレては問題になるので渋々話を合わせる事にした。
男たちは特殊病棟の廊下を歩きながら、各々話を始めた。
「狐退治なんてさっさと終わらせて飲みに行きてぇ・・・」
「おい、油断すんじゃねえよ。俺たち以外の隊は全滅してんだぜ?
三代目が裏で手を回しているのか・・・・ともかく気ぃ引き締めねぇと」
「ってか誰が切り込むんだ?俺が幻術で足止めだっけ??」
なんとも協調性と計画性の無い隊だが、シカマルは状況をやっと把握できた。
これは、わざわざナルトの部屋を探す必要も無さそうだ。
「行くぞ!」
三人の男が乗り込んだ先は、ネームプレートも無く、一見病室の扉にも見えない。
男たちに心の中で十字を切り、壁に寄りかかる。
「おい!何やってんだ・・早くやるぞ!!」
急かすように肩をつかむ忍びの膝の関節を蹴りで叩き割る。
くぐもった声を上げて睨みつける男を見下ろす。
「あんたらの計画穴ありすぎ。よく忍者なんてやってられるな」
そう吐き捨て、印が組めないように両手の腕の関節を外す。
とてつもない激痛だったらしく、叫び声が耳をつんざく。
それに反応して、中に入っていた男たちが病室の外に飛び出す。
「な、な、な!?」
言葉にならない間抜けな台詞を吐く男たちにため息一つ。阿呆ばっかりだ。
もうコミュニケーションも面倒になり、黙って幻術を使う。
意識が朦朧とした男たちの両手足の腱を切って廊下の端に放置。
・・・開けられたままの扉。
シカマルは、とりあえず敵と認識されないよう変化を解き、中に入った。
「よぅ久しぶり。カクレンボは一人でやるもんじゃねぇと思うぜ?」
病室のベッドの下に隠れているナルトに、嫌味なほど爽やかに話しかける。
這出てきたナルトの両手にはクナイがしっかりと握られていた。
変化を解いたのは正解だった、気がする。
ナルトは気が緩んだように、弛緩した微笑みでシカマルを迎える。
嫌味な対応をしたつもりだったが、ナルトはあまり気にしていないようだ。珍しい。
「まさかお見舞いに来るとはねー、意外」
冷蔵庫から林檎ジュースの缶を二本出して一つをシカマルに投げ渡す。
病室といいながらも、この部屋だけで生活できそうなほど、物が揃っている。
「何も連絡入れねぇから面倒くせぇけど来ちまった」
「悪ぃ悪ぃ!」
どう見ても悪いなんて思ってないだろ。
シカマルは喉まで出かかった言葉を、ジュースと一緒に飲みこんだ。
冷えすぎていてあまり味が感じられない。
ナルトも同じ感想らしく、二口ほど飲んで、机に置いた。
そして気を取り直すように、言葉をつむぐ。何か違和感を感じる。
「なんか、シカマルがいないと最近物足りないんだよね。
でも、やっぱ時間無いから、さ・・・」
「そうだな、確かに」
いつものナルトらしくない物言いだが、素直に同意した。
「本当にそう思ってる?」
「当たり前だろ」
「じゃぁ大丈夫か」
ナルトはにやりと意地悪く笑って、シカマルの肩に手を置いた。
「シカマル、暗部昇格おめでとう」
その笑顔は、寒気どころか生理的嫌悪感を引きこさせるほど、
非の打ち所の無いものだった。
シカマルは汗が背中につっと流れるのを感じた。
「・・・・・ナルト、そういえば、おまえ、怪我はどこにしてんだ?」
何故気づかなかったんだろう。
入院するほどの怪我のくせに、今のナルトは、どこも、治療の跡など見当たらない。
「俺がそんなミスするか。それに大抵は九尾の力で治るし」
すさまじく嫌な予感。
だが、シカマルは尋ねずにはいられない。
「サコウさんがナルト入院してるって教えてくれたんだけど。あれってお前の差し金?」
「おぅ、シカマルに流してくれって頼んだな」
「あの忍者たちは実は俺が倒すこと計算に入れて泳がせてた・・?」
「そっ、あんな小物の情報筒抜け。勿論襲撃する日もな!」
でもシカマルが捕まえて変化した奴があいつらの仲間だったのは予想外だったー。
偶然ってすごいなぁ!
ナルトの嫌味なぐらい楽しそうな声がどこか遠くに感じる。
いくら騙されていたからと言って、未だに状況把握できないわけではない。
「実は、今も・・・・火影様、見てらっしゃる、わけ?」
シカマルの悲愴な面持ちにナルトはにかっと笑い、
すぐに暗部モードの、無表情で平坦な声音で答えた。
「おめでとう奈良シカマル。君は見事に暗殺部隊特殊試験に合格しちゃったりしなかったり。
ってわけでこれから一緒に頑張ろうね」
完璧な仕事モードのくせに、口調はふざけまくっている。
明らかにこちらをおちょくっているのがわかり、とりあえず頭をはたいた。
ここにいてもしょうがない、窓から逃げ出そうとした瞬間、扉が勢いよく開いた。
「シカマル!!おぬしがそこまで強かったとは驚きじゃ!
・・ナルトもやっと本当の友達ができたんじゃな・・・」
何やらものすごい分厚いフィルターを通してナルトを見ているらしい。
ナルトが今まで友達がいなかったのは、明らかにナルトの過失に違いない。
あれだ、性格が悪すぎて。
シカマルの心境を全く知らない三代目は、感動で涙まで流さん勢いだ。
面白そうにナルトは悪乗りする。
「おう、シカマルは心の友ってやつ!だからじっちゃん、
シカマル俺と一緒に仕事させていいだろー?」
「うむ、これからはよろしく頼むぞ、コノト、カノコ」
「いや、勝手によろしく頼まないでください!!」
・・・・コノト、がナルトの暗部名なのは知っている。
もしかしなくともこの場合カノコとは・・
「よろしくな、シカマル・・おっと、カノコ!」
火影直々に暗部名貰えるなんて結構すごいことだから、
しばらくの間は色んな人に眼ぇつけられるけど頑張ってな!
ナルトの先行き不安なアドバイスに、シカマルは眩暈がしてきた。
・・・・諦めるしかない、火影が絡んでしまったのだから。
だけど、
「勝手に人を暗部にしたてあげんじゃねぇ!!!!!」
ナルトの笑い声と、シカマルの大声は、しばらく病院に響き渡っていた。