自分は、夢でも見ているのだろうか?





ふと気がつくと、自分は真っ暗な、足元さえ見えない場所にいた。
頼りになるような明かりは一切無く、どこへ行ったらいいかすらわからない。
そもそも、自分は何故このような場所にいるのだろうか?
記憶喪失というわけではない。
自分が三代目火影として職務をこなしているのも覚えているし、
最近孫の木の葉丸がナルトとシカマルに変な影響を受けて手を焼いていたのも覚えている。
・・・・だが、どうしても自分がこんな場所にいる理由がわからない。
夢だろうか?
この場に留まっていてもどうしようもないので、何歩か足を踏み出してみる。
大して違和感はない。
少しずつ歩いてみても障害物らしきものにも当たらない。
やはり夢?
細心の注意を払いながら歩き始める。
それぐらいしか、自分に今できることは思い浮かばなかった。


しばらく進んだところだろうか、小さな光の粒が見えたのでそちらに向かった。
それらは、瑠璃色の小石のようなものの集まりだった。
川のように帯状に広がるそれは、暗闇でも美しく発光し、思わず息を呑んだ。
「あら、おじいさん?こんなところに人が来るなんて珍しいこと」
瑠璃色の川に目を奪われていると、背後から声を掛けられた。
初めて会った人らしき人物の存在に、自分は嬉しさと安心を感じて振り向いた。
「・・・・・・・・・な、ナルト?」
「名前をご存知でしたか?随分有名になったものですね」
ナルト。多分ナルトだ。
太陽のように金髪の髪も、空のように透き通った青い眼も、全部ナルトのそれだ。
だが、明らかに今の彼は、普段知っているナルトとは違っていた。
華やかな衣装を身に纏って、短い髪も結って留められている。
何より雰囲気が違う。
いつものどたばたと騒がしいのとは違い、落ち着きいて丁寧な物腰だ。
「ははは、まあ、そんなところにずっといるよりこちらに来てください。
 休める家ぐらいありますよ」
「あ・・・ああ」
自分の心情を知るはずの無いナルトは、柔らかい笑顔で手招きする。
先ほどまでは確かに暗闇だったのに、瑠璃の川を見てから、ナルトに会ってから、
どういうわけか周囲が明るくなった。
暗黒だけの世界が、今では自分の足元も、ナルトの家も、確かに目で見ることができた。



ナルトの家は極々簡素なもので、
居間に至るまでに通った部屋に機織りが置いてあった以外、特に変わったものはなかった。
冷えたお茶を持ってきたナルトに
先ほどの暗闇の中を歩いてきた経緯を話すと楽しそうに笑われた。
「おじいさん、とても運がいいですよ。あの川はたった一日しか明るくならないんです。
 住んでいる私は不自由しないですけど、迷ってくる人はあれが光らなきゃ、
 まず間違いなく迷い死にますね」
何せ近くには民家は他にないのですから。
優雅に微笑むナルト。
見知っている顔だけに、違和感を覚えたが、別人だと割り切ることにした。
出された緑茶を一口飲み、ナルトに再び訊ねる。
「何故そんな、他に人もいないような場所で一人暮らしを?」
聞いてはいけない質問だったかもしれない。
ナルトは目を伏せ、困ったように笑った。
「すまない。根掘り葉掘り不躾に聞いてしまって・・」
「いいえ。どうせまだ時間はありますし、私も誰もいない時間に飽きてしまいました。
 私がここに住まう理由、少し長いですが聞いていただけますか?」
何の時間があるのか気になったが、話の腰を折るのも気が引けて、黙って頷いた。
ナルトはにっこりと笑って静かに立ち上がり、
先ほど見た機織りのある部屋の襖を開けた。

「・・・私は天の帝に仕え、その御召し物を織る仕事をしていました」
使い込まれた機織りに使う器具を、とても大切そうに撫でるナルト。
天の帝、とは随分と突飛な存在が現れたが、
この世のものとは思えないあの瑠璃の川を見てしまうと、すぐには否定できない。
「私は一人で朝から晩まで働きっぱなし。それを天の帝は哀れに思われたのでしょう、
 一人の話し相手を私におつけくださったのです」
ナルトは昔を、楽しかった過去を懐かしむように、幸せそうに話す。
幸せそうであるのに、なのに何故か今の彼はとても不憫に思えて、胸が痛んだ。
「初めての友達でした。牛飼いの彼は、私に牛の頭を撫でさせてくれました。
 私も彼に、機織りの仕方や、綺麗な色とりどりの糸や布を見せてあげました」
ふっ、とナルトの顔に影が差し込む。
その表情に、また心が痛んだが、同時に何か既視感を覚えた。
どこかで、こんな話を聞いたことがあった気がした。
「・・・・ですが、私たちはその時間が楽しくて、つい時間を忘れていました。
 気づけば天の帝の御召し物はぼろぼろに擦り切れ、彼の世話していた牛たちも
 いつの間にかいなくなっていました」
「・・・・・・それは、気の毒な・・」
「ええ・・・。天の帝はお怒りになり、私たちは引き離されてしまいました」
今になって、自分は何故、彼の話に妙な聞き覚えがあったのかわかった。
これは、七夕の牽牛と織女の話なのだ。
・・・・・話からすれば、ナルトは織女だろうか・・。
「ですが」
暗くなった雰囲気を打ち消すように、ナルトは明るい声音を出す。
「天の帝の慈悲で、私たちは年に一度だけ会えるようになったんです。
 ・・実はそれが今日なんですよ!おじいさんも本当に、運が良いです」
「ほぅ、そうなんですか」
「はい。もうすぐ彼がやってくる門が開くはずです。おじいさんも見に行きますか?」
「・・・・ええ、お供させてください」
とても楽しそうに、牽牛と会うことを心待ちにしているナルトは、
今まで自分が行っているナルトと重なった。
やはり、どんな性格でも、基は同じなのだろうか。


家を出て、瑠璃の川に沿って歩くと、確かに閉じられた門があった。
聞くと、あとたった数分で開くはずらしい。
ナルトは今まで織ったものだろう、沢山の鮮やかな織物を腕に抱きこみ、
落ち着き無く門を眺めている。
その愛らしい様子につい微笑んでしまう中、門が内側から滲み出るように光り始めた。
光はすぐ落ち着きを取り戻し、次の瞬間、扉が開き始めた。
ぎぎぎぎぎっと、長年開けられないせいか、重苦しく嫌な音を立てる扉。
そこに人の手がかけられているのがかろうじて見える。
ちょうど頭ぐらいの幅が開いたところだろうか、ナルトがいきなり持っていた織物を扉に投げつけた。

「シカマル覚悟!!!!」

瞬間、ナルトが素早く印を組んで炎を吐き出す。
美しかった織物は一気に火の赤を纏い、
更に追い討ちのようにナルトは隠し持っていたらしい刃物をそこに投げつける。

「・・・おまえは、相変わらずワンパターンだな!」

扉から馬鹿にするような声がする。
どうやらナルトのいきなりの攻撃は回避したようだ。
ナルトは軽く舌打ちして門から距離を取る。
炎を纏った布を蹴りで飛ばし、奥から一人の少年が出てくる。
「ああ・・・わかっとったさ、ナルトが織女だった時点で牽牛は誰かわかっとったさ・・・・」
三代目の自嘲のような、諦めのような呟きは二人には全く聞こえていない。
シカマルはひらひらと舞う長い裾を利用してナルトに接近戦を持ちかけるが、
慣れた様子でナルトは攻撃をかわす。一体何年同じようなことしてんだこの二人。
いつまでたっても同じだと感じたシカマルは、
ナルトの右ストレートをフェイクにした左中断蹴りを後ろに飛んで避け、にやりと笑った。
印を組み始めたのだ。
しかもかなり長く複雑な。
ナルトも初めて見るものらしく、警戒したように周囲を見渡す。

「秘儀、『雨のち牛』!!!!」

なんとも脱力したくなるネーミングだが、術自体はすごかった。
天候もへったくれもないこの空間が捻じ曲げられ、
雨のように牛が降ってきたのだ。
自分の腰ぐらいの大きさの牛たちを避けるのに精一杯になる。

もーもー

もーももー、もー

もー、もー、ぶほっ、もぅー、

もー・・もももー、もーもぅもももももー


「・・・く、息苦しっ・・・・ってか牛臭っ!!」

ナルトとシカマルの姿が見えない。
見事に巻き込まれてしまった。こんな、牛で圧死なんてくだらない死に方はゴメンだが、 牛、牛、牛・・・際限なく降ってくる牛の大群に下敷きにされ、実際三代目は窒息寸前である。


『・・・・ですが、私たちはその時間が楽しくて、つい時間を忘れていました。
 気づけば天の帝の御召し物はぼろぼろに擦り切れ、彼の世話していた牛たちも
 いつの間にかいなくなっていました』

ふと、ナルトの言葉が走馬灯のようにふっと出てきた。
会うたびこんなことをしていれば・・・・そりゃ、そうなるだろう。
今にも、昔に死んだ旧友や恩師たちにお出迎えを受けかねない三代目は、ふっと力尽きそうな顔で笑った。

















「じっちゃ、・・・・・じっじーいー!」

肩を強く揺すられる感覚に、三代目はぺったりと机の跡がついて赤い額をさすりながら起き上がった。
木の葉丸は呆れたように見上げる。
「全く、火影がこんなんで大丈夫なのかコレ」
部屋にある時計を見ると、まだ昼にもなっていない時間だった。
確かに、こんな早くから居眠りとは、暇そうに見られてもしょうがない。
「ほっほっほ、そりゃ平和じゃから大丈夫なんじゃ」
むぅ、と何か言いたげな木の葉丸の頭を撫でてやる。
なにやら草の香りがして、あたりを見回すと子供でも持てそうな小ぶりの笹が立てかけられてあった。
「ん?・・こりゃ」
「今日は七夕なんだぞコレ。一番高いとこに短冊掛けとけば、お星様も一番に読んでくれるぞコレ」
確かに、一番てっぺんには木の葉丸の書いた短冊が付けられていた。
『打倒三代目』、とでも書かれているのだろうか?
興味本位でぺらりとめくって読んでみる。
『目指せナルト兄ちゃん・シカマル兄ちゃん』

・・・・・・・・・・・・・教育方針を間違えただろうか。
とりあえず、この可愛い孫が、あいつらのようなどこまでもタチの悪い悪がきにならないことを祈りつつ、
三代目はまた木の葉丸の頭を撫でた。
「じじいがどーしてもって言うなら、俺の下に短冊掛けてやってもいいぞコレ」
そう言いながらもちゃんと短冊と筆を用意して渡してくるあたり、可愛い。
孫馬鹿だろうがなんだろうが可愛い。






孫とひとときのふれあいを楽しんでいる三代目は、先ほどまで見ていた夢をすっかり忘れていた。
そう、あの夢はある意味警告だったのかもしれない。

例の二人が決してこんな楽しいイベントを見逃すはずがない、という。





三代目がナルトとシカマルを叱るために奔走するまで、あと、数時間。





















とことん馬鹿話です。
ちなみに、実はこの話し、続いたりします。一話じゃ収まらなかったです。

織姫と彦星の七夕話で、もう一つ。
天女の女に会いに行った男は、女の父に散々難題を押し付けられ、
最後の最後で女のアドバイスもむなしく失敗して、川に離された、というのがあります。
・・・・・この場合だと
ナル馬鹿四代目vsシカマル?
それだとむしろ逆にシカマルが四代目出し抜いて勝ちそうですね。(苦笑)