今夜の仕事は抜け忍の始末だった。
仕事自体は取るに足らない、つまらないものだが、
最近カノコと一緒に仕事を組むようになったのでそれなりに楽しくやっている。

いつもどおり、最後の仕上げに焼却の術を組んでいると、
カノコがぽつりと呟いた。

「お前、里抜けとか考えたことねぇの?」

こいつが仕事や忍術以外の問いかけをするなんて、珍しい。
というか、俺の私的なことを聞いてきたのは、初めてな気がする。
ま、その初めての質問が里抜けなんてヘビーなこと聞いてくるあたり、こいつらしいが。

「そりゃあるさ。嫌われるは苛められるは怖がられるはで楽しくないもん」
「だろーな」

こいつは俺のことを嫌うわけでも苛めるわけでも怖がるわけでもないが、同情もしない。

「じゃあ、この里は嫌いか?」
「なんか、今日はどうしたの?いきなり俺のこと気になった?恋の始まり?やーだー」
「安心しろ。お前に惚れるぐらいなら俺はオカマで蛇なホモ忍者とでも付き合える」
「……………そんな変態、いたらやだなぁ」
「……………………俺も自分で言ってて嫌になった」


まさかそんな実例と、数年後出会うことになろうとは、考えもしなかったが
ひとまず、その話は置いておこう。


カノコは俺の答えを待っていた。
そりゃ、真面目に答えたほうがいいんだろう。
これから長く一緒にやっていく上でも、こういったシリアス話は抑えておくべきだ。

「里のこと、好きとか嫌いとかで考えたことねぇし、わかんね」
「そうか」

うん、本当に考えたことがない。
ここでやめておけば良かったのだけれど、
俺は、つい、誤魔化すように軽口をたたいた。

「ま、嫌いじゃねぇよ。俺の一挙一動にあたふた左右される
 連中を見るのは、それなりに愉快だし。狐の再来も間近ってやつ?」

軽口にしては質が悪かったと、俺も後から反省した。
カノコは、能面のように表情を失っていた。











任務が終わった後、カノコは一人、街から外れた演習場に佇んでいた。
影のようにするりと、彼の目の前にもう一人忍者が現れる。

「こんばんは。来てくださってありがとうございます」

愛想の良い言葉に対し、カノコは少しだけ頭を下げただけだった。
それでも忍者は気に留めず、口元を吊り上げて微笑んだ。

「それで?色よい御返事を期待して参ったのですが」
「ああ、それの件なんだけど。断る」

一瞬、忍者の顔が醜悪に歪められたのをカノコは見逃さなかった。

「………理由を、お聞きしてもよろしいですか?」
「そりゃ、俺はコノトの相棒だからな。監視なんて、信頼を裏切る行為だろう」
「あなたは暗部に入ったばかりですからご存じないだけです。
 あの男と信頼関係なんて、築けるはずがない」

穏やかな態度とは裏腹に、コノトを真っ向から否定する言葉を吐く。

「知っていますか?昔、奴の傲慢な態度に腹を立てた暗部の一人が、
 注意をしたんです。次の日、その男は両腕を切り落とされていました」

決して『注意』などというレベルではなかったのだろう、とカノコは冷静に考えた。
コノトは確かにキレやすい性格だが、理不尽な暴力は振るわない。

向こうも、期待した反応が返ってこないことで、幾分冷静(冷徹ともいう)視線でこちらを見た。

「私どもの提案は、上層部の総意と受け取ってもらってよいのですが?」
「俺の記憶が正しければ、確か暗部は火影直轄じゃなかったか?
 三代目による指令ならばまだしも、お前らに強制される謂れはない」

言外に『これ以上煩いと火影にチクるぞ』という脅しを込める。
男も、承諾を得られないとわかると、大仰に肩をすくめて首を横に振った。
僅かに殺気が漏れている。いつの間にか、クナイが、彼の手には握られていた。

「全く、理解できませんよ。本気で、あの化け物の相棒とやらになるつもりですか?」

カノコは、答えるのに一瞬も躊躇わなかった。


「なるさ。あいつは、俺の命を預けるに値する奴だ」
「ふん。化け物に、魅入られたか」

男が駆け出し、口封じにかかる。
もちろん、カノコもこの行動は読めていた。
だからこそ、堂々と正面から男を迎え打ち、


「………化け物にしたのはテメェらだろうが」


見事な右ストレートを顔面に決めた。
意識を失っているのは確実なので、カノコはついでとばかりに付け足す。



「コノトもそうだがナルトも化け狐なんかじゃねぇよ。肝の小さい下衆ども」









チャクラをかなり込めた拳のおかげで、男は綺麗な弧を描いて飛ばされ、木に打ちつけられた。
強い衝撃で激しく揺さぶられた木から、何かがぼたりと落ちた。
ぐえと蛙の潰されたような声を出した後、男は白目を剥いて気を失った。

男をクッションにして落ちたソレに見覚えのあるカノコは、
凄まじく嫌な顔で眉間の皺を寄せ、つかつかと木にかけよる。
ソレの胸元を掴み、ぐいと首を絞める。

「………お前、影分身の方だな。どこから聞いていた?」
「えー、最初から」
「今ここでお前を消せば、その情報は術者に伝達されないのか?」
「無理。もう伝わってる」


影分身は、厳密な命令をしなければ、術者とは違う自我を持って動くことができる。
この影は、どうやら自分の楽しみのためには術者すら利用する自己中だったらしい。
ニマニマしながら指を刺した方向には、本体の、コノトがいた。
瞬間、影分身が消えた。(消された、と言うべきか)


「…………………」
「……………………」
「え、えと、み、右ストレートは、中々、良かったけど。
 ももも、もうちょっと、フェイクを入れないと動きが、み、見切りやすい、かな」

コノトは、ずいぶんと無難な話題を切り出した。
他に色々と言いたいことがあったのだろうと、そのどもり具合でよく理解できる。
それでも、正直今は自分もその話題に触れられたくないと、
カノコもその適当な話題に、更に適当な相槌を打った。

「……ああ、うん。わかった。ありがとう」
「じゃ、じゃあぁなシカマル!俺、報告書、書くから!!!!」


言うだけ言ってすぐさま消えてしまったコノト、もといナルトを見送りながら、カノコはため息をついた。
この姿の自分を本名で言ってしまうぐらいに、コノトは動揺していたらしい。

シカマルは、暗部姿のまま、木にもたれかかり、ずるずると座り込んだ。
無駄に優秀なこの頭脳は、先ほどまでの一挙一動が鮮明に思い出させてくれる。



「…………聞かれてたのかよ」



耳まで熱くなるような羞恥心を隠すように、シカマルは頭を抑えて縮こまった。








050325→071107


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