授業の問題を、前に出て答えさせた。
その答えが合っているなら花丸をつけ、頭を撫でるのがいつもの習慣だ。
今日に限って、特別何か違うことをしたわけではない。



……なのに彼は、触れようとした手を、強く振り払ったのだ。







馬鹿騒ぎが常の教室がシンと静まり返る。
その一瞬後、「すごい、ラスカル先生にまた逆らった!」と
騒ぎが大きくなったのは言うまでもないが。



だが、周囲の騒々しさよりも、目の前のポピィ君の方が気がかりだ。
彼の顔は酷く青ざめ、強く噛み締めた唇は本来の色を失っている。
教師に逆らったからではない。触れられたことで、パニックを起こしたらしい。



なにも、今日が初めてではない。
今までだって何度も、彼は頭を撫でられていたのに。



この、変化は、まるで……………










まやちょんとバラバラマンに飲み屋で件のことを相談すると、
二人とも真剣に一緒になって悩んでくれた。



「ポピィ君なら、帰りによく公園で見かけるぞ?
年上の男の子といっつも一緒にいる」
「そうか」



その少年が原因なのか?
あれは、尋常な怖がり方じゃない。
できるだけ早くに手を打ったほうがいい、と次の計画を考える。
バラバラマンが、それを察したのか話に割り込んだ。



「でも、あまり露骨に探らないほうがいいんじゃないかな。
超能力で考えてることが読めるんでしょう?」
「…………だが」
「バラバラマンの言うとおりだよ。
確証が得られるまでは内密に、事を進めるべきだね」
「……………………………ああ」

























二人からは『様子を見ろ』と諭されたものの、








やはり、気になるわけで。



















「………来てしまった」



午後の昼下がり。
生徒たちならまだしも、教師はまだまだ勤務しなければならない時間帯だ。



人通りの少ない、閑散とした公園に足を向けると、
先日のまやちょんの情報どおり、目的の少年とポピィ君がベンチに腰掛けていた。
近くの茂みからこっそりと様子を伺う。



全体的に黒づくめな印象を受ける少年。
初めて見る顔だが、人懐こい笑顔でポピィ君にじゃれている。
いたって、普通だ。
ポピィ君も面倒くさそうにしつつ、本気で嫌がっている素振りは無い。
むしろ学校よりも生き生きしていて……………自分の、見当違いだったらしい。



同僚の制止を振り切り、半ば強引に仕事を残して学校を飛び出してきたので、
問題が無ければこれ以上この場に留まるつもりはなかった。
少し神経質すぎたかと反省しつつ方向転換。



「ポピィ君」
「あ……」




背後で、ポピィ君に呼びかける声が、鮮明に聞こえた。



チャチャたちではない、もっと大人の声。
振り向く。
ベンチには知った顔が増えていた。比較的よく会う保護者。
セラヴィ−。






「     」
「     っ!」






何故かポピィ君を背に隠した黒髪の青年と、セラヴィーが言い争いを始めた。
いや、一方的に青年が怒りと警戒心をぶつけているだけみたいだが。



頭で考えるよりも先に、駆け足で三人に近づく。
セラヴィーが最初に気づき、のんびり挨拶をした。



「おや、ラスカル先生。奇遇ですね」
「そうですね……何やら喧嘩が聞こえましたが、どうしたんです?」
「ちょっとしたすれ違いです。ねぇ、平八君?」
「………………」



少年はこちらを推し測るような視線を寄越し、だんまりを貫く。
ポピィ君も下を向くばかりでこちらを見てくれさえしない。
心なしか、教室のときよりも酷いパニックを起こしているように見えるが、
少年が庇っているせいで様子を見ることは出来ない。
先ほどまでの楽しげな雰囲気は一転、ズンと空気が重くなっていた。
誰も、喋らない。



心中で困り果てていると、突然、少年がにぱっと人好きのする笑顔を作った。



「……俺たち、用事あるからもう行くぜ?」
「車に気をつけるんですよ」



………やっと喋ったかと思えば、これだ。
直接的ではないにしろ『拒絶』の態度。
セラヴィーは全く気にしていないようだが、こちらは余計居心地が悪くてたまらない。



「ああ、ポピィ君。門限の五時までには家に帰ってくるんですよ」



今まで黙していたポピィ君が、びくりと肩を揺らした。
そのやり取りに、また目つきを険しくする青年。



「今日は俺のうちに行くつもりだから、夕飯こっちで出すぜ?」
「ポピィ君。五時までですよ」



先ほどから気になっていたが、この言葉もおかしい。
チャチャたちは、よく六時のチャイムまで学校に残って遊んでいるというのに。



何故、ポピィ君だけ、早く帰らせる必要があるんだ。





「……………わかった」



恐怖を押し殺すように、掠れた声を振絞るポピィ君。
満足そうに頷くセラヴィー。
そのセラヴィーを、視線で射殺さんとばかりに睨み続ける少年。






もしかして、という推測は、既にあった。











根拠も無ければ、証拠も無い。
ただの想像なのだと言ってしまえばそれまでのもの。











だが、青年とポピィ君が公園を出た瞬間、
気づけばセラヴィーの胸倉を勢いよく掴みあげていた。
まだ公園内にいたのだろう子どもたちが怯えて公園から逃げるのが視界の隅に入った。
人がいなくなるなら好都合だと、そのまま怒鳴る。



「セラヴィー!!………あんたは、あんたってやつは……」
「もしかして、ラスカル先生も誤解したんですか」




「………誤解?」





「ええ」



セラヴィーがあまりにも無抵抗で困惑しているものだから、頭が冷えた。
一旦手を離し、セラヴィーに向き直る。



「……誤解、とは?」
「僕がポピィ君を苛めていると思っているんでしょう?」



平八君も最近それで怒ってくるんですよ。
そう続けたセラヴィーは、どこにでもいる育児に悩む保護者といった様子で、
嘘をついているとは思えない。



「僕はこれでもポピィ君の代理保護者なのに。
……確かに最近、ちょっと、ひと悶着ありましたが」
「え、どうしたんですか?」



いつの間にか険悪なムードが井戸端会議に替わっていたが、
あえて気づかないふりをしておく。



「今はチャチャたちとにゃんこハウスに寝泊りしているんですけどね、
最近、野外テント暮らしに戻るつもりだと言い始めたんです」
「そうなんですか……」
「本当に説得が大変でした」



なるほど。
保護者としては当然許せるわけが無い。
彼はもみじ学園を裏切って、度々刺客を差し向けられているのだから、
尚更一人にさせるのは心配なんだろう。



「僕から離れようだなんて、本当に酷い話ですよ」
「……はい?」
「あれだけ僕の中に居座っておいて、立つ鳥跡を濁さず……とは言わせません」




歪な微笑みと言葉。
急に、全身の毛がぞわぞわと逆立つような気持ち悪さを覚えて悪寒がした。





「あの……ポピィ君を、説得、したんですか?」















セラヴィーは、満面の笑顔で頷く。





「初めはキチガイだとか変態だとか酷い言葉ばかり言われましたが、
つい最近、やっと仲直りできたんです」













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