あまり容姿に頓着する気質ではなかったが、 せめて髪は切っておけばよかった。 真っ暗な屋敷の廊下を単調にただ進みながら、 セラヴィーはひたすら過去の後悔を繰り返し思い出し、反省していた。 魔法で出した小さな光が彼の暗い心情に呼応してゆらゆらと頼りなげに揺れる。 いつものどこか人を見下した感のある微笑みを引っ込め、 セラヴィーはじっと足元を眺めながら歩き続ける。 夜も更けきり、辺りはしんと静まり返っている。 外では雨でも降っているのか、僅かに水気を含んだ冷気が肌にまとわりついた。 余裕のない彼にはそんな大したことのない空気の違いにもどうしようもない不愉快さを感じ、 ひたすらにその激情を周囲に当たり散らしたくなるのを堪えた。 魔法で出した光はただの光であり、熱までは持っていない。 …………引き返すときはカンテラか燭台を使おう。 変えられない過去をぐるぐると悔やんでいたセラヴィーの心に、 初めて建設的な意志が滲み出た。 自室に戻ると、彼は机定位置に置かれた鋏をまず手に取った。 次に、と部屋全体に目を滑らすが、目当てのものは見当たらなかった。 カンテラなら、ベッドの下にしまった覚えがある。 セラヴィーは記憶を頼りにベッド下の箱を開ける。 ごちゃごちゃとガラクタが詰められたその箱に両手を突っ込み、手探りで探す。 数分は箱と格闘していたが中々見つかる気配がなく、 忘れていた苛立ちが一気に湧き上がる。 血液が沸騰するような熱い衝動のままに、彼は思いきり箱をひっくり返した。 洗濯したばかりの白いベッドシーツの上に、埃と共にガラクタが散らばる。 後片付けの手間よりも、今すぐ、カンテラが欲しかったのだ。 けれど、それでも。 無い。 そういえば、ああ、チャチャ達がキャンプに使うといって貸してやったのだ。 苛立ちが極限に達し、手近にあった水晶を思いきり壁に投げつけた。 ガチャンと、質量のあるガラスが砕ける音。 もっと、もっと、と更に他のガラクタを手にとっては投げつける。 水晶のように脆いものはもう無かったので、何を投げても壊れはしなかった。 それがまた苛々する。 何か壊せるものはないかと部屋をうろうろと歩きまわろうとして我に返る。 ………そんなことをするために部屋に戻ったわけではない。 爪を立てて頭をガリガリと?き毟る。 そう、明かりだ。温かい明かりが欲しかったんだ。 彼もきっと寒いに違いない。 ふと、気づく。 そうだ、そんなランプなんかよりも普通に毛布を持って行った方がいい。 何故こうも自分は気が利かないのだろう。大魔法使いが聞いて呆れる。 ベッドはすっかり汚してしまったので、厚手のコートに手をかける。 こんなことを言うのは不謹慎だが、 恋人に自分の衣服を着せるというのは中々に心ときめくものだ。 ついつい彼の黒髪に似合うものを選ぼうと悩んでしまう。 いつのまにか、体の内に吹き荒んでいた苛立ちは 彼の顔を思い浮かべただけですっかり霧散していた。 これが愛というものか。 とろけるような幸福感を感じながら、 セラヴィーは厳選に厳選を重ねたコートを持って部屋を出る。 暗くて寒くて湿っていて、ともかく不快だった屋敷の廊下も、 愛しい彼の元に繋がっていると考えるだけでふわふわと愉快な気分になってくる。 早く、早くと急く気持ちを押さえて、けれども少し小走りで進む。 逃げられぬように魔法で作りあげた鋼鉄製の扉を開け、彼の部屋に滑り込んだ。 「戻りましたよラスカル先生。時間がかかってすみません、寒かったですか?」 この言葉は少し不味かったなと、言ってからばつが悪くなった。 妙なことができないようにと彼の鞭も、リボンも、 衣服すらもはぎ取ってしまった自分がまさか「寒いですか」なんて、 あまりにも白々しすぎる。 「すみません。でも、コート持ってきたんです。許してください」 彼の頬に触れると、ひんやりと熱を失った感触が直に伝わる。 その両肩に柔らかい綿入りのコートを羽織らせると、彼がゆらりと揺れた。 足が地面についていないせいか、まるで時計の振子のように動く彼の姿に、 セラヴィーは困ったように苦笑した。 「その長い髪、僕も気に入ってたんですよ。でも結び目が固いし、切りますね」 自分で書いといて何なんですが ラス先生は何があっても自分から死を選ぶ人じゃないです。
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