「あなたって天使みたいね」
「はい、ありがとうございます」
名前も覚えていない女性に呼び止められて、そう言われた。
自分で出せる最高の笑顔を浮かべれば相手も笑い返してくれる。
よく人に胡散臭いと呼ばれるこの笑みに嫌な顔ひとつせず
あまつさえ笑い返す彼女は、自分が言うのもなんだが胡散臭い。
だが彼女はまるで親密な友人のように、
自分の手を優しく包んでそっと指を這わせてスキンシップを取る。
人に触れられること自体抵抗は特に無いが、気色の悪さに鳥肌が立った。
セクハラというより、まるでペットの小動物を可愛がるような手つき。
「どうしたんですか?」
「いえ、綺麗な手だと思いまして」
「貴女の方がよっぽど美しいですよ」
「ふふ・・心にも思っていないくせに」
自分自身に陶酔したような眼に、蔵木コドウや竹内伴平と同種の危険を感じ、
手を引き抜こうとしたが緩やかな拘束は外れない。
「この綺麗な手が破壊に染め上がるのは、何て甘美な誘惑なのかしら」
「言っている意味が全くわからない人ですね・・・・
いい加減、手、離してくれませんか?」
「天使のような立ち振る舞いで、破壊に身を任せるのは楽しい?」
「・・・・・・私は破壊なんて、しませんよ」
どうして、彼女が自分の二面性を知っているのかはわからないが。
『悪魔』だと、呼ばれるあの男。
どちらも『神岡テルマ』ではあるが
それでも彼と自分は異なる存在であり。
同一視されるのは、少し不愉快に感じた。
「内に潜める悪魔の仕業とでも?」
「・・・・・・・」
心を読んだかのように的確な単語を紡ぐ女性。
無言を肯定と取って、鈴が鳴るようにころころと笑いだした。
真っ赤な紅に彩られた唇が弧を描いて近づく。
「知っていまして?悪魔というものは、堕ちた天使のことですのよ」
「・・僕は、絶対・・・・ちがう」
「そうかしら。私は、道楽ですけど経営者として
沢山の方々と接しているから眼に自信はあるのですが」
私が見るかぎり、と彼女は一拍置いて、また口を動かす。
「『あちら』より『あなた』の方が、破壊をしなければ
ご自分が壊れてしまいそうに見えますわ」
「・・・・・純粋な、好意での助言じゃないですね」
「勿論」
この女の顔が、虫酸が走るほど嫌なものに見えた。
己の財にものを言わせて自分の都合の良いように何もかも歪ませる
・・・・・・・幼稚な支配者の顔だ。
「あなたがもがき苦しんで壊れるか、それとも苦悩の果てに破壊に走るか、
どちらにしても私は楽しいものを見れそうですから」
しかも、支配対象が自分だということに、尚更気分が悪くなりそうだ。
できるだけ傷を付けないよう、だが力いっぱい彼女の手を振りほどく。
そこでやっと彼女の名前、そして自分の雇い主だったことを思い出した。
ここは大人しく自分が引き下がった方が良い。
心の中で舌打ちして、営業スマイルを作った。
「最悪に美しくないご趣味ですね、Ms.ダラミ?」
「お褒めの言葉、光栄でございますわ Mr.ルシファー」
全然引き下がってない天使ちゃんが書きたかった。
個人的には堕天使ルシファーよりも、双子神なのに
片方だけが罪を犯して堕ちたシャヘル・シャレムの話が良かったなぁ・・
ユダヤ教らしいけど。
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