綱手がカノコ捜索を命じて一週間が経った。
シズネは未だに見つけてはいなかったが、ある程度の情報は収集できた。
「コノト君のことを先に言います。
 彼は・・よくわかってないんですが多分8年・・ぐらい前から暗部の任務に就き、達成率もトップ
 ほぼ毎日Sクラス級の任務を2つ3つこなしています。」
そんなに・・、綱手は顔をしかめる。
幼少の頃から人の命を奪う。人殺しを生業にしている忍びでも、あまり考えたくないことだ。
「ただ、あまり他の人と任務をするのは嫌なようで・・実際スリーマンセルやペアでも
 馴染まなかったそうです。そのせいもあるのか上の方達はコノト君のことはよく思っていないみたいです」
確かに上層部はコノトがいなくなってからというもの、隠してはいるが機嫌がいいよ。
石になったことは伏せていたが、いつまで経っても噂を聞かないことから死んだと判断したようだ。
「カノコって人は5年前ぐらいから暗部で仕事をするようになったみたいです。
 コノト君と組んで仕事をしていて、それ以外はほとんど単独。他の方とは
 滅多なことじゃしなかったらしいです」
みたい、らしい・・全て憶測の域を出ていない。
「それで?」
綱手が先を促すとシズネは困ったような顔をして続けた。
「他の忍びの方がほとんど知らないのも無理ないですね。
 任務も週に3つほどしか入れていないので」
「週に3つ!?」
あのコノトの相棒なのだから同じくらい任務をこなしているのかと思っていた。
「しかも周期にはかなり一定の間隔がありますから、多分何か別の仕事で忙しいんじゃないですかね」
「他にはわかったことはないのか?」
「無理ですよ。これだけでもかなり調べるのに苦労したんですから!」
シズネがため息をつきながら調べ上げた書類を綱手に渡すと、扉をノックする音が聞こえた。
「誰も入らないように言っていおいたのに・・」
放っておいてもしつこくノックしているので、綱手は渋々入るよう命じた。
扉から入ってきたのはシカマルだった。
「どうした奈良・・シカマル?ここは今、立ち入りを禁止していたんだがな」
「・・・それはすいませんでした。どうしても綱手様にお聞きしたいことがあったんっすよ」
そう言って無表情で近づいてくる。何故かシカマルは怒っているように見える。
「まだ気づかないふりしていようと思ったんですがね・・・ナルト何処にいますか?」
唐突に切り出された質問の無いように、思わず二人は目を丸くする。
が、綱手はすぐに冷静さを取り戻し机の前まで来たシカマルを見上げる。
「何のことだい?ナルトは七班でこの前アカデミーで手伝いをさせられていなかったかい?」
「俺はあの変態と友達やってるわけじゃないんですけどねえ?」
確かにシカマルが「ドベのナルト」と比較的仲がよかったことは報告書にも書いてあったが、
まさか上忍の変化まで見抜くとは・・。
「残念だが、ナルトには会わせられないよ」
「・・・・・・・・・あんたらカノコを探してるんだろ?」
情報を漏らしたのか!?と綱手がシズネを見るが、彼女は必死で首を横に振った。
その二人の様子を気にするでもなく、シカマルは話を続ける。
「俺をナルトに会わせてくれるなら、カノコのことを教える。・・・・どうですか?」
「あんたがカノコを知っているという証拠が無い」
「コノトの相棒。任務は比べると物凄く少ないですね。
 ちなみに今は長期の仕事が入っていて、滅多に表に出られなかった」
シズネが苦労して手に入れた情報の半分ほどをしれっと喋る。
最後のはコノトも言っていたので本当のことだろう。
「・・何故そんなに詳しいんだ?」
「俺はナルトともコノトとも仲が・・・・良かったんですよ」
最後の躊躇いの間が気になったが、おそらく自分たちよりもカノコのことを知っているのだろう。
綱手は椅子から立ち上がり、シカマルを後ろに連れて隠し扉を開いた。

この地下室はあまり綺麗な場所とは言い難かった。
日も当たらないのでじめじめとしていて、あちこちに血の染みがある。
里の罪人を拘留する所なので、時たま叫び声や壁を叩く音がする。
いつ来ても嫌な場所だ・・、シズネはそう思ってシカマルの顔を窺ったが
ただ無表情で彼は前を見て歩いていた。
綱手が階段を下りてある部屋の鍵を開け、二人を中へ入れてから再び鍵を閉めた。
「・・・・・・・ナルト」
その部屋の中央に置かれた石像を見ると、シカマルは名を呼びながらそっとナルトの顔に触れた。
見ている限り、いつもメンドくせーとだるそうに喋っていた声が、少し震えていた。
二人は顔を逸らした。大切なひとと引き離されるあの思いは覚えがある。
「綱手様」
シカマルは先ほどとは打って変わってしっかりとした声音で綱手を見る。
責められても言い訳のできる立場でもない。何を言われてもしょうがない・・と綱手は覚悟していた。
「筆ありますか?」
予想外だった。
呆けている綱手を見て、シカマルはシズネに同じく問う。
シズネは慌てて懐から小筆を出して渡した。
シカマルはその筆でナルト像の頬や額にさらさらと文字を書いていく。
「ドジ」「冷酷非道」「馬鹿狐」・・・・・・・・。
悪口の限りを書いた。
だがその達筆な文字に見覚えのあったシズネが思わず声を上げた。
それに気づき、シカマルは筆を返しながら笑いかけた。
綱手はわけがわからずシズネに問い詰めようとしたが、肉を刺す嫌な音で瞬時に向きなおした。
シカマルが左手をクナイで突き刺したのだ。
「っておい!!大丈夫か奈良坊!!?」
綱手が近寄ろうとしたがシカマルは右手でそれを制し、血がだくだくと流れている手を石像に押し付けた。
すると、冷たい灰色だったナルトの肌や服が足元から少しずつ色味を帯びてきた。
「ようナルト。久しぶりだな」
「・・・・・・・・・・・シカマル」
ナルトはうっすらと眼を開けてシカマルを見る。
二人は久々の再会に涙を滲ませながら抱き合った。
・・ということは無かった。
「てめぇ俺の顔に何書いてんだよ!!?」
ナルトがシカマルの胸倉を掴みながら怒鳴る。
「あーん?まさにてめぇのためにあるような言葉じゃねぇかよ!!」
シカマルが負けじとナルトの胸倉を掴む。
「大体俺と書庫整理の任務だったてぇのにてめぇ綱手様の護衛とかほざいて逃げやがって!
 俺も逃げ出そうとしたらサコウさんに見つかって軟禁状態だったんだぞ!!」
額に青筋を浮かべて、先ほど左手を切ったクナイをナルトに向ける。
それに応戦するようにナルトも九尾のチャクラを僅かに引き出す。
「大体火影の護衛だって任務の一つなんだよ!!ばーちゃんには世話になってるし
 守りたいってのは当然だろ!?」
綱手はじーんと感動した。
「ほー・・、あの町に行って・・・それから綱手様が来るまでの二日間はどうしたんですかねー?」
「腹が減っては戦はできない。寝不足も先の戦闘には大敵だ」
「・・・・・・・・ようは食って寝てただけだろうが!!!」
シカマルはナルトを壁に向かって投げ出したが、ナルトは壁を蹴って綺麗に着地した。
「大体俺は暗部のトップで忙しいの。書庫整理は司書さんの仕事だろ?」
「あれは任務なんだよ!・・大体それなら、俺は司書だから暗部の任務はしなくていいと思わないか?」
「おい、さっきから無視してくれているが・・ちょっと聞いていいかい?」
綱手が頭を抑えながら二人の話を遮る。
二人は気にした様子も無く、綱手に向き直る。
「まずひとつ。シカマルは何なんだ?」
「俺は特書館の司書やってます。シズネさんは会いましたよね?
 ちなみに暗部も兼ねていて、一応・・カノコっす」
流石に今までの会話で予想がついていたので驚きはしなかった。
「もうひとつ・・シカマルは何で怒っていたんだ?」
シカマルは少しばかりばつの悪そうな顔をして話し始めた。
「三代目が亡くなられる前に、特書館の書庫整理を命じられていたんです。
 だからある程度落ち着いてきてから・・まぁ、普通にやってたんですけど。
 ・・・綱手様が誘拐事件で直接助けに行くって聞いて、行っちまったんです」
ばつの悪そうな顔をしたナルトがシカマルの言を補足する。
「じっちゃんに、もし自分に何かあったら次期火影を影ながら支えてくれって言われてたんだ。
 ばーちゃんは大切な人だし、書庫整理きつかったし・・・」
二人が黙ったところで綱手はゆっくりナルトの前に進み、頭を地につけた。
ナルトは目に見えて動揺していた。
「ば、ばーちゃんどうしたの?やめてくれよ!」
「私は信じてやれなかった!!ずっと守ってくれていたのに気づけなかった。
 謝っても許してくれないだろうけど・・・すまなかった」
ナルトはきょとんとして綱手を見る。
「ばーちゃん、俺全然気にしてないよ?だから顔上げて」
そう言ってナルトは無理矢理綱手の腕を引っ張って立たせる。
「俺、『ナルト』であっても『コノト』であっても本当に大切にしてくれたのは祖父ちゃんとシカしかいなかったんだ。
 でもさ、ばーちゃん俺のこと心配してくれて。石になるのを必死で止めようとしてくれて・・・嬉しかったよ?」
この子は、なんて強い子供なのだろう。
あんな体験をしたあとでも決して他人を責めない懐の広さ。
それは幼少期から責める相手も、我を通せるほどの人間がいなかった環境のせいかもしれない。
綱手は、この小さな子供のために今からでもできることを全てしてやろうと心の中で誓い、ぎゅっとナルトを抱きしめた。
ナルトも僅かに驚いたが、それでも綱手の背に手を回した。
「あ」
「・・?どうした」
いきなり変な声を上げたので綱手はゆるゆると手をナルトからはなした。
「シカマルさ、結構傷深かったんだよなー」
後ろを見やると、顔を真っ青にしたシカマルが横たわっていた。左手からは未だに血が出ている。
「シーカーマールー!!!!」
綱手は叫びながらポケットから眼にも留まらぬ速さで包帯を取り出し駆け寄った。
「仮にも暗部なら止血ぐらいしろ!!」
「め、メンドくさくて」
病的な青白い顔でいつもの通り喋る。
「止血するのと出血死とどっちが面倒かもわからんのか、こんのボケ!!」
綱手は容赦なく鳩尾に一発怪我人に喰らわせる。
シカマルは悲鳴も上げられず力尽きた。
綱手のパンチの威力を知っているナルトとシズネは顔が青くなった。
「ちょ、ちょっと!!シカマルってば仮にも怪我人だってばよ!」
ナルトも錯乱して口調がドベの時のものになっている。
「気ぃ失っててくれたほうが手当てが楽だろ?」
ぎゅっと止血をして、そのままシカマルを肩に担ぎ上げて階段を上っていく綱手。
ナルトはゆっくりとシズネを見上げる。
「・・・綱手のばっちゃん、何かすげぇ」
「お母さんってああいう感じじゃないですかね」
シズネはにっこり笑ってナルトの頭を撫でた。
「・・・・・・・・・そっか、お母さんか」
自分には一生縁の無い存在だったと思っていた。
強くて、涙もろくて・・・・優しい母親。
顔が赤くなるのを感じて、それを隠すようにナルトは走って階段を上がっていった。
「ナルト君、多分シカマル君と綱手様は火影の執務室に行ってますよ」
「わかった。ありがとう、シズネさん」
一応、自分の恩人に侘びと感謝を込めて何か買ってから行こう。
ナルトはそう考えて、近くの売店に足を向けた。