彩城の中庭を歩いている子どもが一人。
気の強そうな顔を僅かに歪め、何かを探すように
視線をあちこちにやりながら早歩きで歩いていた。
「花白どこいったんだよ・・・」
子ども・・・銀朱という名だが、
彼は花白という子どもを捜していた。
自分よりいくつか年下の子ども。
花白は『救世主』らしい。
だから彼は城に住んでいるし、銀朱も同年代で気が合うだろうということで
大人たちが彼に宛がった『友達』だった。
銀朱はそういう関係は嫌いだが、彼はもっと嫌いらしい。
挨拶をしようとするだけで、ジト目で見上げてくる。
こんなんじゃ普通に友達にはなれるわけないだろ・・・・
銀朱だって無理に仲良くしようとは思わないが、それを大人たちは許さない。
『救世主様がお一人で寂しそうにしていたぞ。友達なら一緒に遊んだらどうだ?』
いくら遊びに誘ったってあいつは喜ばないんだよ!
何度そう言い返してやろうと思っただろうか。
それでも根気よく花白に話しかけることによって、うざがられながらも
ある程度反応を返してくれるようになった。。
甘いものを渡せば嬉しそうな顔(本人的には隠してるつもりなんだろうが)をするようにもなった。
「花白ー、母様がケーキ作ってくれたからおまえにもやるぞー?」
美しい花々が植えられている庭は花白のお気に入りの場所だ。
大抵花白が隠れる時はここにいるので、銀朱も真っ先にここに来たのだが・・・
「今日はいないのか・・・・」
子どもらしくないため息を一つ吐く銀朱。
仕方ないと諦めて、戻ろうと方向転換をする。
銀朱はある花壇を凝視した。
美しい色とりどりの花々に目を奪われたこともあったが、慣れると何の感慨も湧かなくなる。
だが、つい先ほどまでとは違い、明らかに変な部分が一つでもあれば話は別だ。
・・大人が尻餅をつくように座っていたのだ。
さっきまでいなかったのに。
「・・・・・・・あんた誰?」
思わず銀朱は大人に対してはちゃんと敬語を使いましょうという
言いつけを忘れて、素で尋ねてしまった。

「イタタタ・・・しばらくぶりだったから加減を間違えてしまったな・・・」
ぼそぼそと独り言を喋る男。
全身真っ黒で、ちょっと・・・いや、かなり怪しい。
男は銀朱の存在に気づくと、首を僅かに傾ける。
「・・・はて、この感覚は・・・・・にしては微弱だしなぁ・・・」
「・・・・・おまえ、不審者?」
銀朱が恐々と尋ねると、男は考えを一旦中断したらしく
にぱっと明るく笑って首を振った。
「いやいや、私はそんな怪しいものじゃないよ」
「どう見ても怪しい!」
「・・・・まぁ、それは否定できないが」
「何でここにいるんだ?」
「んー・・ちょっと迷ってしまってね。白梟に会いに来たんだが」
何せ本当に久しぶりだったからなー。
いや、もしかしたら私に会いたくなくて結界張ってたりして。
そんなことをぶつぶつと呟きながら、それでも笑顔を崩さない男。
「白梟さまのお友達なのか?」
「そうだよ。うん、今は迷子だけど」
「・・・・・お部屋までつれて行こうか?」
「お、ちびっ子は良い子だね〜。頼むよ」
これで盗賊とかだったらどうしようとか思いつつ、
銀朱は男を白梟のところまで連れて行くことにした。

「おーいちびっこー」
銀朱がいつものように花白を探して城内を駆け回っているとき、
後ろから妙に聞き覚えのある声が聞こえた。
くるりと後ろを向くとそこには怪しい格好の男がいた。
「おまえは・・・」
「この前は案内ご苦労〜。今日も何やら忙しそうだねぇ」
にこにこと笑っている男。
「・・・・何か用なのか?」
「実はねぇ、また迷ってしまって・・・・」
銀朱は呆れたようにため息をついた。

「大体、ここの城の構造はそこまで複雑じゃないぞ?」
「いやいや、それは君がこの城にずっといるからだと思うがね〜」
「ふーん・・・そういうものなのか」
「・・・・・いや、ここは『おまえが方向音痴なだけだ!』と突っ込んでくれたまえ」
男は苦笑しながら頬をかいた。
中庭の時は、白梟の部屋はすぐ近くだった。
今回は少し離れているため、歩いていると話題が無くなる。
無言。
男が再び話しかけてきた。
「そういえば、君は初代救世主の血をひいているんだってね」
「・・・誰がそんなこと」
「白梟に聞いたらそう答えたからね」
「何でそんなこと聞いたんだ?」
「そりゃ・・・・・・なんでだろう、勘?」
「なんだそれ」
「まあ、気にしないでくれ」


「あんたまた・・・・・」
「いやー、やっぱりこの城はもう少し簡単な造りにしたほうがいいと思うね」
いつもいつも同じように迷子になっている神出鬼没な男。
銀朱も流石に慣れたもので、男の言葉を軽く聞き流すようになってきた。
「言っとくが今日は白梟さまはお出かけになられているぞ」
「・・・・・そうかい、うーん・・・折角来たのになぁ」
残念そうどころか、どこか嬉しそうな男の顔。
嫌な予感。
「よし、じゃあ今日はちびっ子と遊んでやるか」
「・・・・・・・・・・・・いい」
「子どもが遠慮なんてするもんじゃないぞー」
もう何度も会って話して、少しだけこの男のことはわかってきた。
なんでも俺と同じぐらいの子供がいるらしい。
ただすっごい大人びたやつで本当の大人のこいつの方が逆に叱られてるらしい。
・・・・・子供に叱られるって、どこまでダメ人間なんだこいつ。
「俺はもう15だ」
「私からすればまーだまだちびっ子だね!」
男と出会って何年経ったのだろうか。
頻繁に来るわけではないが、男はごくごくたまに城にやってきて
毎度のこと迷子になりそれを銀朱が発見している。


「・・・にしてもこの羽は凄いなぁ」
もさもさと男の服の羽を触る。
男は苦笑しながら銀朱の頭をぽんぽんと叩く。
「ふむ・・・・欲しがってもこれだけはやれないな」
「誰が欲しいなんて言った!」
「いや、なんか物欲しそうな顔で・・・・・」
「してない!!」
顔を真っ赤にして否定する銀朱。
くすくすと笑いながら、男はくしゃくしゃに頭を撫でた。


「おやおや、あそこにいらっしゃるのはお坊ちゃまではないですか」
「ほー・・お隣の不審者は誰でしょうかねぇ」
「さぁ?お坊ちゃまの考えることは私ごときにはわかりませんから」
わざとらしく大きな声で喋る兵士たちが目に付いた。
銀朱は目で隣の男に訴える。
『無視しろ』と。
だがどういうわけだろうか、男はすっと兵士たちの前に出た。
「こらこら、そういう品性の欠片も無いような嫌味は耳障りだからやめてくれないかな?」
「・・・ぁあ?」
「だから、君たちのような阿呆のせいでこの子に悪影響が出たらどうしてくれようってことさ」
折角面白いぐらい真っ直ぐで純粋に育っているんだから。
男の言葉は、気性の荒い兵士たちの神経を逆なでしかねないものだったが
何故か冷や汗を掻きながら兵士たちは急いで去っていった。
男の後姿しか見れなかった銀朱はよくわからなかったが、何をしたのだろう。
「おい、俺は『無視しろ』って・・・」
「おや、私には『助けて〜』とか言ってるのかと思ったよ」
絶対わかっててやったな・・・銀朱はため息一つ。
「あいつらは俺が若いのにもうすぐ第三兵団の隊長に任命されるから嫌ってるんだ。
 だからああいうのは無視したほうがいいんだ」
祖父や父のコネを使ったともっぱら噂になっている。
張本人にまでそんなのが聞こえてくるんだから、どれほど広まってるのか・・・想像したくないな。
「だってむかついたじゃないか」
「・・・・・・・・まぁ・・そうだけど・・・・・ありがとう」
その言葉に、男はにっこりと笑った。