しんしんと音も無く降り積もる雪。
今年もまた降り始めた雪を、テラスから見る。
「・・・綺麗だね」
「おまえは、雪が好きなのか?」
この世界の住人で雪や冬が好きな人間はとても少ない。
ただでさえここ最近は雪の量が少しずつだが増えてきているのだから。
「確かに冬は嫌なイメージがあるが、雪や冬自体に罪は無いだろう?」
「・・・・・・・そう・・・・だな」
玄冬は化け物で、雪を降らせて世界を滅ぼす。
そう教えられてきた。
それでも、この男は、まるで雪や冬に罪が無いように玄冬にも罪が無い・・
そんな風に言いたそうな台詞だった。
「さて、そろそろ白梟のところに行くかな。連れてってくれないかい?」
「・・・・もう、一人で行けばいいではないか」
「・・・・・・・・・」
「とっくに、白梟さまの部屋ぐらい一人で行けるんだろう?」
「・・バレバレですか」
男は肩をすくめる動作をする。
「何十回も案内してるのに一向に覚えようとしないしな」
「ふー・・・・それでも案内してくれてたわけね」
「なぁ、お前は一体誰なんだ?どうして俺に案内させようとするんだ?」
今まで気になっていたこと、決して聞かなかったことを尋ねてみる。
何度も会って、話して、それでも自分はこの男の名前すらわからないのだ。
「・・・・私はね「銀朱ー?こんな寒いのに何で外なんか出て・・・おまえ」
男の言葉を遮って、窓からひょっこりと花白が顔を出した。
花白は銀朱を見て、更に隣に人がいることに気づきそちらを見て、固まった。
わけがわからない銀朱は男の顔を覗き見るが、男のほうも笑顔のままだ。
「なーんで黒の鳥がナチュラルにここにいるんだよっ!!」
花白は怒ったように叫んだ。
その言葉に今度は銀朱が固まった。
黒の鳥。
災厄をもたらすという、不吉の象徴の・・・
「ふー・・ちびっ子のせいで説明する前にわかってしまったみたいだね」
「ってか何であんたがここにいるんだっ!!」
「あーもう、ちびっ子は黙ってなさい。
 ・・・っというわけでそれが私の正体なんだ。とりあえず私は騒ぎが大きくなったら困るから帰るよ」
あっという間に消えてしまった男。
この手段で、城中までやって来ていたのだろうか。
何がなんだかわからなくて呆けている自分を、花白は不機嫌そうに見た。
「で、どーゆうことなの?」
花白が先ほどの状況を不思議がって、尋ねるのも当然のことだ。
だが、何故か本当のことを言う気にはなれなかった。
「・・・いきなり城内の道案内を頼まれて、
 怪しいから色々尋ねようとしたところでおまえが入ってきたんだ」
「・・・・・ふーん、あっそ。ったく、何でこんなとこまであいつ見なきゃいけないんだよ!」
花白はとりあえずその言葉に納得したらしい。
黒の鳥への一通りの文句を言って銀朱にも八つ当たりのように不機嫌な視線を送るが
当の銀朱からは大した反応は返ってこない。
「・・・・・・ほら、さっさとこっち入れよ!」
相変わらず呆け気味の銀朱をとりあえず城内に引き戻し、そのまま置いていってしまった。
ぼーっとしていた銀朱も、一応自分の部屋に行くぐらいの余裕はあった。


「あの男が・・黒の鳥」
自分が子供の頃から知っていた存在が、不吉の象徴。
それこそあの男と会う前から、玄冬の話とともにずっと聞かされていたものだ。
だがあれが黒の鳥だろうとなんだろうと、どういうわけか嫌悪感はなかった。
それぐらい、親しい存在になっていたのだろうか・・
「っ・・大体何であいつは俺に案内ばかりさせていたんだ・・・」
瞬間移動なんて芸当ができるなら白梟様の私室に直接行くことだってできるだろうに。
何で、何年も俺に案内させていたんだか・・・・
「そんなの決まっているだろう」
ひょいと、いきなり心の中で感じていた疑問に答える声がした。
銀朱はさっとあたりを見回すが人はいない。
「・・どこだ」
「上」
天井を見上げると先ほどの男が張り付いていた。
笑顔でやぁと片手を上げられる。
口を半開きのまま、銀朱はしばらく固まる。
「なっ、黒の鳥・・・」
「黒鷹と呼んでくれたまえ。黒の鳥じゃ味気ないじゃないか」
音も無く床に降り立ち、銀朱に近づく。
いつもと違う不穏な空気を感じ取り、銀朱は後ろに下がる。が、すぐ壁にぶつかった。
「私がどうして君に何年間も道案内を頼んだか、知りたいんだろう?」
「いや、なんか知りたくないっ、だから離れろ!!」
ぐいと肩を押さえつけられ、息がつまる。
触れそうなぐらい近くに来る顔に銀朱は眉を顰めた。
「好きだから」
「はっ?」
唐突に言われた言葉に、思わず間抜けな声で聞き返す。
瞬間、唇に何かが触れた。



「っー!!!!!」
「ふぅ・・・人が折角真面目に愛の告白をしたのにその反応は」
「・・・・・・・お、おまえ・・・」
腰に差していた剣を抜こうと思ったが、どっちみち相手が相手なので勝ち目は無い。
それにここで露骨に反応すれば相手の思うつぼ。ぐっと怒りを押し込めて睨むように黒鷹を見る。
だがしかし、睨まれている相手のほうは飄々とした笑顔だ。
「初めて見たときから一目惚れでねぇ・・次からはわざと迷ったふりして会ってたんだが
 君は私の気持ちに一向に気づきそうにないし。やっぱり直接的なのが一番いいね!」
「ひ、一目惚れ?」
「うん」
確かに、全然気づかなかった。
いや、普通男に思いを寄せられてるなんて気づくわけない。
黒鷹は懐から一冊の本を出してぱらぱらとページを捲る。
「えーっと、ステップ2のキスまで終わったから次は・・・
 ステップ3・・相手と一緒にブライダルコンサルタントを訪ねて相談してみよう、か」
「いや、それ明らかにステップ飛びすぎだっ!!!ってか何だその本!?」
「んー・・主・・・いや、私の生みの親が書いた本らしいんだけどね〜」
大体、その前に自分は何時の間にこの男と付き合うことになっているんだ?
やばい、よくわからないが話に流されかけている。
ああ・・・・誰でもいいから、花白でも、
それこそもう会ったこと無いけど玄冬でもいいからこの状況何とかしてくれ!!

・・・・彼のささやかな願いは・・・・叶わない。



告白前日

「玄冬」
「何だ・・・・?」
珍しく真剣な表情をしている黒鷹に呼び止められ、
玄冬は野菜を切る手を止めて振り返る。
一体何があったのだろうか。
花白が自分を殺す気になった?それとも、この山奥の住処が誰か他の人間にばれたか。
「私は妻を娶っても、玄冬は平気かい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
「あの子も結構聡いから一緒に暮らせば玄冬が悪い化け物だなんて考えも変えるだろうし、
 玄冬だって多少賑やかなほうがいいだろう?」
花白が来ている間、確かに自分は楽しい。
それを黒鷹もわかっているから、こんな発言をするんだろう。
「別に俺はあんたが結婚しようが反対しないが・・・相手はどんな人なんだ?」
黒鷹なら・・・・下手すれば60、70の老婆ということもありえる。
『昔会ったときすごい美人だったんだぞ〜』
と笑顔で惚気られた日には、例え危険でも町に下りた方がましだ。
「確か・・玄冬より一つ年上ぐらいだったかな」
「・・・・・・・・は?」
「一目惚れしてしまったのが十年近く前だから・・・うん、それぐらいだ」
自分より一つ上、ということは初めて会った頃は、まだ今の花白よりもずっと小さい子どものはずだ。
なのにその当時から一目惚れ。
・・・・・・いや、まさか・・・黒鷹にそんな趣味が・・あったのだろうか?
「黒鷹・・もしかして雪に滑って転倒して頭打ったとか、そういうことはないのか?」
「それはどういう意味だい玄冬。いくら私だってそんな阿呆な行動を取るものか」
憮然とした面持ちで軽く拗ねるような仕草。
至極普通に、いつもの黒鷹らしい答えと行動。
そうか・・・・さっきのあれはきっと幻聴だったんだ。
うん、そうに違いない。最近は疲れてるのか、今日は早めに休もう。

玄冬はそう結論付けて再び夕飯作りを再開した。