「コノト、あんたには世話になったし礼がしたい。しばらく私の側近になれ」
里に帰りひと段落すると綱手はにこやかにそう言った。
コノトは断る理由も無かったので承諾した。

そう返事をして三日ほど経った頃だろうか、
火影の執務室では綱手は仕事、シズネが書類の整理をし、
コノトはその部屋にあった書物を読み流す。そんな生活が定着していた。
初日は、コノトの存在に慣れなかったシズネも二日目以降は気にしなくなった。
たまに、気が向くと彼はシズネの仕事を手伝ったりもした。
何故私のは手伝ってくれないんだ!、と綱手が咎めると
「綱手様のは火影がやらなきゃいけない仕事だろ」
さっさとやりなさい、と手を振ってシズネの書類を半分以上取っていき分け始めた。
「あの、やっぱ悪いからいいですよ」
焦ってシズネは仕事を手伝うコノトを止める。
木の葉の忍びではあるが、綱手は客人のように彼を扱っている。
仕事をさせるのは気が引けた。
「いいって、じっちゃんも俺たちに手伝わせてたから」
「ほー、三代目もあんたらに手伝わせてたのか?だったら私のも・・・」
我が意を得たと言わんばかりに眼を輝かせる綱手に、失言だったとコノトは後悔した。
シズネは先ほどから二人の会話が複数形になるのを不思議に思っていた。
それに気づいたコノトは補足した。
「俺は元々タッグで任務してるんだ。カノコ、相棒は別の任務でいないが
 それまでは本当にずっと一緒にやってたんだ。・・・じっちゃんの仕事もな」
最後の言葉は恨みがましそうに綱手に向かって言った。
綱手が何かを言おうとすると、執務室のドアが開けられた。

「綱手様―、五代目就任のお祝いだとかで花束が届いてますよ」

そう言って中忍らしき男が、顔が隠れそうなほど大きな花束を綱手に渡そうとした。
・・コノトは、先日のこともあってか、注意深くその花束を観察した。
すると、花と同化して見え難いがところどころに本当に毒虫がいるではないか。
コノトは恐るべき速さで印を組み、花束を燃やした。
「な、どうしたんだコノト!?」
綱手は驚きで声を張り上げて聞いた。
コノトは毒虫がいたことを話そうとしたが、それで本当に石になるか
わからなかったので口をつぐんだ。
「コノト!」
それでも黙っているコノトを見かねてシズネが仲裁に入った。
「落ち着いてください、綱手様。きっと何か事情があったんですよ、ね?」
コノトが頷くと綱手も溜飲が下がったようだ、椅子に座りなおし中忍に退室するよう命じた。
その顔は恐怖とも憤怒とも、どちらともつかない表情でコノトを見ていた。
わざと虫を仕込んだのか、ただ偶然ついていたのかはわからなかったが、あの鳥の予言どおりとなった。

それから更に日にちが経ったある日、綱手はコノトを連れて町外れの大きな家に連れて行った。
「綱手様、ここはどこなんですか?」
「ここはな、知る人ぞ知る、犬の訓練所なんだ」
「・・・・・・・なんでこんなところに来たんですか?」
すると綱手はそっとこちらを探るように見やった。
「おまえは、ナルトを知っているかい?」
自分なんだから知っていないはずがないです。
「知ってますよ。九尾の狐が封印された子でしたよね。
 カカシ上忍のとこの部下になったって聞きましたが・・それが何か?」
その物言いに毒が含まれていなかったのを確かめ、綱手は喋り始めた。
「あの子は動物を飼ったことがないそうだ」
それは、確かに自分が言ったことだ。
同情や哀れみとは違う、母性愛というのだろうか、
まるで実の母親のように優しくしてくれる綱手についついそんな話をした。
・・・・・・・・・まさか。
「一回ぐらい何かを飼育するのも大事な経験だと思わないかい?」
いや、はっきり言っていりません。
「あの、アカデミーなんかでそういうのはやったんじゃないですか?」
「それは授業だろ。・・まぁ、ペットとして飼うのは大変だろうから借りるだけだが」
だがしばらくはそれを飼わなければいけないのか・・・。
いっそのことシカマルと一緒に世話をしようかとコノトは考えたが、やめた。

中に入ると、思ったより広々とした部屋に数十匹の様々な犬がいた。
どれも毛並みがよく、きちんと躾されているようだった。
コノトはあの鳥の予言を気にして綱手から眼を離さないようにしたが、
そんなことを気にする様子も無く彼女は嬉々として犬を選び始めた。
「コノト、こいつなんて良くないか?」
「でかすぎです」
「このちっこくて可愛いのは?」
「アイフ○に行きますか?」
綱手はしぶしぶその犬を床において辺りを見回す。
すると毛の長い比較的大きい犬が綱手に近づいてきた。
「こいつも良さそうだ」
綱手はそいつを抱きかかえてコノトに見せた。
コノトは見た。
その長い毛から見える眼はぎらぎらと光り、綱手の喉元を喰らおうと口を大きく開いているのを。
どうやら予言は偶然ではなく本当に当たるらしい。
すぐさま綱手から犬を奪い取り、コノトは持っていた短剣でその首を切り落とした。
「コノト・・・」
(あー・・もう駄目かも)
コノトは人事のように考えながらその犬の亡骸を燃やす。
血液恐怖症は克服したようだが、綱手の顔色は悪い。・・血のせいだけではないだろうが。
「すみませんでした、綱手様。・・・・・ナルト君には、どうしますか?」
「いや・・・もういい。今日はあんたももう帰りな」
口調が僅かに固かった。

コノトは執務室に呼び出された。
あれから妙にぴりぴりとした雰囲気が綱手にはある。
だが、まだ最後の予言は実行されていないのだ。
それが終わったら、仕事で忙しいだろうがカノコの所に行こうと考えている。
「今日は異国の商人が特産品を持ってここに来る。間違っても、手を出すな」
綱手は念を押す。確かに、ここ最近のコノトの行動は目に余るものだった。
「・・・・御意」

「こんにちは、初めまして!あなたさまが、木の葉の火影様ですね?」
元気の良い、はつらつとした少女が入ってきた。
綱手もまさか商人がこんなに若い娘だとは思っていなかったらしく、困惑していた。
「あ、若すぎるって思ってますねー?でも、小さい頃から両親の手伝いをしていて、
 これでも上手いんですよ、商売」
「悪かった。わざわざこんなところまで来てくれて、嬉しいよ。座ってくれ」
椅子を勧めると少女は脇に大きな荷物を置いて腰掛けた。
そしてその荷物から一枚の大きな布地を出した。
「まずは、これです。ほら、向こうの地方でしか使っていない着色料で染め上げて・・
 これは・・・・・・・で・・・・・・・・」
コノトは会話には興味が沸かなかったので、ただぼうっと突っ立っていただけだった。
暇だったが、一応少女の行動を注意深く観察した。
赤茶の髪を後ろで縛り上げ褐色の肌が映える白いワンピースを着ている。
一見、武器を隠し持っている様子はないが、彼女の髪留めやピンは暗器だ。
といっても、旅をしている者なのだからそれぐらい持っていてもおかしくはない。
だが、その少女は先ほどから髪をしきりに触っている。
もう一度よく見ると髪留めが一本無くなっていた。
左手の裏に隠し持っている。
綱手はそれに気づいた様子は無く、しげしげと薬草を眺めている。
珍しい髪留めを綱手の髪につけようとしながらさりげなく左手を首筋に持っていく少女。
コノトは考えた。ここでこの少女を殺せば自分の身の危険は避けられない。
少女もなかなかの使い手だ。コノトが加減して手を出しても
確実に綱手の首を切るほうが早いだろう。
・・・・・・・・・何故気づかない?シズネも綱手も。
ナルトはゆっくりと息を吐いた。