イルカさんの家を出て、レールの上を走る。
生真面目なあいつは、必ず時間ぴったりにここを通るだろう。
「シカマル、汽車が来た!」
「だな。ネジ!!!悪いが止まってくれ!!」
大仰に手を振ると、古い汽車が大きな金属の摩擦音を出して、ゆっくりと静止した。
中からひょこりと馴染みの顔が出てきた。
「どうした、シカマル。散歩なら安全な場所で」
「追われてる。乗せてくれ」
「………お前はいつも突拍子だ。わかったから、早くしろ」
物分りのよいネジに感謝し、ナルトの手を引いて荷台に乗り込む。
「早く行きたいなら、釜炊き手伝えよ」
「わかった。ナルトはそこにいてくれ」
先頭に乗り込み、シャベルを持つ。
あまり肉体労働は得意じゃないが、状況が状況だ。
ネジの動きに合わせて石炭を入れていると、ナルトが背後で叫んだ。
「シカマル!あの空賊たち追ってきてる!!」
「……ちっ」
ちらりと背後を見やると、確かに、無茶苦茶な猛スピードで追随する車が見えた。
このままじゃ、時期追いつかれるだろう。
「ネジ、もっとスピード出ないのか?」
「………古いからなぁ」
「買い換えろよ」
「軍が金属を買占めてるからかなり高騰してんだぞ?」
「そうか」
また戦争の準備を始めているのか。
いや、今はそんなこと考えている場合じゃないんだがな。
「ひとまず、荷台を切り離して足止めする。ナルト、できるか?」
「……………ごめん、仕組みよくわかんない」
「わかった。じゃあ俺がやるから、その間釜炊き頼む」
壁に掛けられた工具を持ち出し、荷台の連結解除に取り掛かる。
あまりに古く、かなり錆付いているが、何とかなる、と信じたい。
「追いついたぜェ!」
空賊が一番端の荷台に乗り込むのが視界の端で見えた。
やばい、結構、やばい。
どんどん気配が近づくのがわかる。
が、まだ、完全に解除ができない。
「死にくされぇぇぇ!!!!」
ゴン。と鈍い音。
不思議なことに、空賊の迫る気配が消えた。
何となく、俺の頭上で起こったことがわかる気がするが、今は作業に集中する。
よし、切り離した。
顔を上げると、ナルトは何もかもやり遂げた顔で微笑んでいた。
「やったね、シカマル」
「……なあ、ナルト。一人、空賊こっち来てたよな?」
「うん。シカマルがピンチで、無我夢中にシャベル投げたら何とかなった!」
そうか、こいつは無我夢中で「死にくされ」と言うのか……。
俺のこいつに対する第一印象が、若干修正された。
海賊も撃退し、しばらくは順調に汽車は進んだが、いきなり止まってしまった。
俺とナルトは荷台で背後の見張りをしていたから、ネジに状況を聞く。
「どうした?」
「前方に装甲車が止まっている。軍だな」
「軍!?」
ナルトが顔を歪めて嫌な声を出す。
余程気に障ることをされたのだろう。
「わかった。じゃあ俺らはここで離れる」
「お前ら、軍からも追われてるのか。大変だな。
乗りかかった船だ、足止めくらいはしといてやろう」
軍部に協力するのは市民の義務だ。
だからネジのこの態度は、あまり褒められたものではない。
それでも、わかった上で手伝ってくれるネジには、本当に、感謝してもしきれない。
「ありがとな。でも無理しなくていい。ヒナタに怒られるぞ」
「ああ…………って、いや、ひ、ひなた様が、なな、何で出てくる!?」
「ヒナタって、誰だってば?」
「ヒナタっつうのは、ネジのこいび「さっさと行けっ!!!!」
半ば蹴りだされるように追い出され、仕方なく、線路の上をまた走る。
先ほど分岐したところまで戻らなければいけない。
「ネジさん、大丈夫なの?」
「ああ。あいつは柔術の使い手だし、並みの軍人なら相手しても死なないさ」
「凄いね」
「……ああ」
凄いのはお前の方だと、口に出しかけて、やめた。
俺も異才だの天才だの……『化け物」だのと言われた時期があったが、
きっと、こいつも、同じようなもんだろう。
「シカマル、また空賊!!!」
「うわ、あいつらマジしつこいな。面倒くせぇ」
意識を切り替え、背後から迫る空賊たちに注意を向ける。
走っている子どもにオートモービルで追いかけるなよ。
っつか、運転が荒すぎて線路が崩れかけている。
こいつらのせいでしばらく汽車は使えないな。
「ナルト、俺に掴まれ」
「ん」
がしりと腰に回された腕を確認し、思い切ってレールを飛び降りる。
底の見えないこの谷の深さはぞっとしないが、
木造りの線路に使われたロープを掴んだので、何とか宙吊り状態を維持。
やり過ごした暴走車は衝突したらしく、頭上に衝撃音と破片がぱらぱらと飛んできた。
「…………助かった?」
「……レールが、崩れなきゃな」
ぎしりと、支えが傾く。
ああ、畜生。空賊どもがもっと丁寧に走行してくれたら、ちっ。
ぐらぐらと揺れるロープを掴んだまま、次の手を考える。
ナルトだけでも上に登らせるか?
いや、どっちみちこの線路は崩れるから、意味が無い。
「シカマル」
「何だ?」
崩れ落ちる軌道に他の線路が繋がってないか?
上手く飛び移れば………いや、無理だ。衝撃でどっちみち崩れる。
「手を放して」
「…………………………は?」
そう、手を放せば……………………は?
「ね!」
「大丈夫なのか?」
「任せてって、俺、飛行船から落ちても助かったんだし」
「………そか」
「おう」
手を放すのに、俺は何の不安も躊躇いも無かった。
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